考えて使っていますか?「戦略」という言葉。

中小企業診断士 尾崎 達彦

仕事で何かをプレゼンすることがある人は、「プランを『それらしく』見せる魔法の言葉」をいくつか持っているのではないだろうか。筆者にとってその一つは「戦略」である。例えば、販促の打合せで単に「広告を打ちます」というより「戦略的に広告展開します」といったほうが、何となく「それらしく」聞こえる。便利なだけについ、多用しがちなこの言葉について、今回は考えてみたい。
広辞苑で「戦略」を引くと「戦術より広範な作戦計画。各種の戦闘を総合し、戦争を全局的に運用する方法(後略)」とある。一方、「戦術」は「戦闘実行上の方策。一個の戦闘における戦闘力の使用法。一般に戦略に従属。(後略)」となっている。軍隊は師団・旅団・連隊といった階層構造になっており、その階層に合わせて「戦略/戦術」は明確に使い分けられている。
しかし日本のビジネスの場で使われる「戦略」は、上の「戦略的な広告展開」のようにほんとうは一個の事案に関する「戦術」である場合が多いようだ。軍隊式に使い分ければ、「戦略」は全社や事業部の取組み、「戦術」は各部門内の業務やプロジェクト、といったところだろうか。別の切り口で分類すれば、「社内の経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の最適配置」が「戦略」、そのようにして配置された経営資源の個別の運用法が「戦術」ともいえる。もちろん、ビジネスの現場でこうした細かい差にこだわるのは煩瑣にすぎるが、少なくとも「戦略」と口にする時に、自分が全社的な話をしているのか、個別事案の話をしているのか、くらいの意識を持っておくと「それらしい言葉をむやみに振り回す中身のないビジネスパーソン」と見られるのを避けられそうではある。
世界の海戦史上、空前絶後の完全勝利といわれる日本海海戦の作戦参謀・秋山真之が、日清戦争の黄海海戦について論評した手紙が残されている。不世出の天才参謀の分析は、戦争のアナロジー(類比)でビジネスを語りがちな平成の私たちにとっても、目からうろこが落ちるところが多いと思う。なお、文章は筆者の独断で現代語訳している。
「『比叡』の敵中突破とか、『赤城』の苦戦とか、『西京丸』の猛進とか、話のタネとして面白い出来事というのは、全て戦術上の失敗によるものであって(後略)」
つまり、武勇伝となるような逸話があるとしたら、その戦いは失敗だという。
続けて曰く「完全無欠な戦術というのは、ほとんど味気ないもので、武勇伝などなく、戦況に彩りもなく、誰に功績があるかも分からず、それでいて全軍がそろって最大の戦闘力を発揮し、戦局を味方に有利なものにし成果を最大限にあげるようなものである。」
どうだろう。成功した企業の苦闘の歴史を、感動的な逸話や偉大なカリスマの物語で彩って伝達するメディアや、それに胸を熱くする私たちに、鋭く刺さる一文ではないだろうか。
もちろん、戦争と企業経営は話が違う、と思われる方もおられると思う。ただ例えば、この秋山の言葉と、現代の実力経営者であった福原義春(資生堂元社長)の「大勢の人がかかわって、誰もが『私がやったのでプロジェクトが成功したんだ』と思っていることは、最高の状態だと思います」という言葉は、どこか通底するものがある、と感じられないだろうか。最大の成果を上げる組織の条件は、昔も今も変わらないのかもしれない。
ただ、秋山の戦術論は無味乾燥すぎる、と思われる向きは、肩肘張った「戦略・戦術」を「作戦」に言い換えてはどうだろう。例えば「当社の今年の作戦は・・・」などと言ってみたら、意外に職場のムードが良くなるかもしれない。

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