モラトリアム法案の功罪

中小企業診断士 中田 優紀

この数か月企業再生の現場に足しげく通った。どの企業もピーク時年商の半分、ひどいところは1/10にまで落ち込んだ先もある。当然融資の返済はストップ、なんとか金利を支払いしている状況である。モラトリアム法案については、賛否両論、その功罪が問われるところであるが、少なくとも斯様なリビングデッドの企業群が延命できたことは確かである。しかし人為的なリスケは、より金融機関の融資姿勢を厳格化させたことも事実である。現にアベノミクスの思惑通り、長期金利が低下しているにも関わらず、銀行の貸出残高は増える傾向にない(2012年は震災特需で一時的に残高が膨らんだ)。

<再生現場の現状>

さて、再生の現場では何が起きているか?本来モラトリアム法案が終了し、必死の挽回策を展開しているかと思いきや、さにあらず。ある中小製造業では、原価の概念すらなく、社長が頑張って仕事を取ってくるが、組み立て完了時に赤字であることが判明したり、検査工程ではなおざり検査で不良を見逃し、やり直しをすることも多々。また、老舗の運送業では、年々売上が減少しているにも関わらず、固定費は変わらない、あつらえで作成した資金繰り表は、手形の期日もわからないまま現金回収に入れている。今手元にいくらキャッシュがあるか社長、経理部長が認識していないケースもあった。驚くべきことに何も変わっていない状態が散見される。当たり前のことができていないということである。

<モラトリアムという幻想>

辞書を紐解くと、モラトリアム(moratorium)の英語としての意味には、「支払猶予」が最初に出てくる。日本では、20世紀後半に出版された「モラトリアム人間の時代」という本の影響で、社会的には大人の年齢に達しているのに、大人になりたくない気分でいることを指す場合や、大人になるための心理的な葛藤や乗り越えなくてはいけないことを先延ばしにしている人という解釈がなされている。

今自助努力しているといえる企業は、果たして成長するための具体的なシナリオが描けているだろうか?過去の反省を元に、改善策が打たれているだろうか?現実的には何とかなるだろうという甘い幻想に憑りつかれているのではなかろうか。

<経営者が変わらねば>

いくら診断士や会計士が再生支援に加わったとしても、それは間接的な支援に過ぎない。再生の目的は、短期的には出血を止め、不良資産の売却等により負債を圧縮することであるが、そのゴールは当該企業が自力で資金調達できる状態に戻すことである。その為には経営者が自ら厳しい現実と向き合い、逃げない経営を心掛けることが肝心である。アドバイスは真摯に受け止め、即座に行動に移すこと、ここから真の再生に向けたアクションが始動する。もはや法的庇護がない上は、待ったなしの真剣勝負をするしかないのだから。

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