「これからのマーケティング」についての考察

檜山 敦子

近年のデジタル化の加速は、マーケティングの在り方を大きく変えている。既に起き始めている変化を見ながら、「これからのマーケティング」について考えてみたい。

従来のマーケティングでは、サンプルデータを元に市場や消費者の調査・分析を行い、ターゲットセグメントを規定して、4P(プロダクト・プライス・プレイス・プロモーション)と呼ばれるマーケティングミックスを実行するのがセオリーであった。しかし、生活者の各種購買データや、サイトアクセス履歴、GPSによる位置情報といった様々なデータが取れる様になり、いわゆる「ビッグデータ」として活用とする試みが顕著になっている。

「ビッグデータ」によって生じた変化は主に3つある。一つ目は、扱うデータが一部抜き取りのサンプルから全量に替わったこと。二つ目は、全量データを取り扱うことにより、特定の特徴を持つクラスター(集団)にターゲットを括る必要がなくなり、AさんBさんという個々人にカスタマイズしたアプローチが可能になったこと。そして三つ目は、従来の調査データが「過去の一時点」の情報でしかないのに対し、ビッグデータはリアルタイムに獲得されることである。

ただ、何もかもが「ビッグデータ」の名の元に集められても、あまりにも膨大で、構造化もされておらず、形式がバラバラでは、マーケターの手に余るものでしかない。そこで着目されたテクノロジーがマシンリエンジニアリング、すなわち機械学習による業務プロセスの自動化である。こちらも主な動きは3つある。

一つ目は「動画認識」である。動画の中の人・モノ・シーンを解析し、たとえば「自転車に乗っている男性」といった属性を生身の人間より短時間で特定・タグ付けすることが出来る。二つ目は「画像解析」。ディープラーニング、自然言語処理、予測アルゴリズムなどを駆使し、たとえばX線撮影された画像から臓器の病変が自動探知される。医師はX線画像をにらめっこしていた時間を患者との対話に振り向けることが出来る様になる。三つ目は、「文書・レポートの自動作成」。マーケターはパソコンの前でキーボードを叩いて報告書を作成する“単純作業”から解放される。

近未来のマーケティングを想像してみよう。リアルタイムにモニタリングされている市場において、AさんBさんの関心事や購買行動は的確に予測され、モデル化されて、自動生成されたメッセージが効果的なタイミングで彼らに向けて発信される。万一狙った効果が得られなかった場合は、原因の特定がデータベースとアナライザーの間で行われ、アルゴリズムが修正される。予知とデータメンテナンスは逐次行われ、精度は漸進的に高められていく。我々は予めAIが想定している範囲で消費行動を行う存在となる・・・。

いや、ちょっと待って欲しい。我々は、デジタルデータで構成された無機物ではない。学習する機械に制御され得る単なる対象物などではないだろう。

マーケターは、ビッグデータの取り扱いに気後れすることも、AIに取って代わられることを恐れる必要もない。マーケターの本分は、ビッグデータに埋もれたインサイトを見つけることにあるのだから。集まった膨大なデータの下処理は機械に任せ、より価値のあることをいかに見つけられるかが勝負になる。

フィリップ・コトラーは、製品販売を目的とするマーケティング1.0、消費者満足を目的とする2.0、社会をより良い場所にすることを目的とする3.0、そして商品やサービスの消費を通じた自己実現を目的とする4.0と、マーケティングの目的の変遷を提唱してきた。自己実現は、マズローの欲求5段階説における最上位の欲求である。またあまり知られていないが、マズローは最晩年に「自己超越」という概念を追加的に提起している。自己超越とは、自我などという小さな枠組みを超えて解脱するというか無我の境地に至るというか、一種の宗教的な高みを目指すということであろうか。もしコトラーの4.0がマズローをなぞらえていて、次なる5.0が「自己超越」に寄り添うものであると想像するなら、“解脱を志向する消費者”に向けられるマーケティングとは一体どんなものか。チャリティ、ドネイション(寄付)、ボランティア、シェアリングエコノミー・・・5.0の萌芽らしきものが見えているような気もする。ただ、いずれもGDPには計上されないか、寄与度の低いものばかりである。

元よりコトラーは3.0を発表した折に、「経済成長に伸び代があるうちは、マーケティング3.0に向かわない」と言っていた。翻って完全な成熟社会であるここ日本においては、金銭的な換算が出来ないものにバリューが見出されつつある。営利を目的とする企業における「これからのマーケティング」は、データ処理の省力化が進む一方、発見されたインサイトをビジネスに有効活用出来るかどうかの正念場を迎えているといえる。

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