『らーめん はやし』の謎

入谷和彦

渋谷に「らーめん はやし」というラーメン屋があります。マークシティから徒歩1分くらいで、駅に近い路面店ですが、人通りの多い場所ではありません。店の看板はあまりはっきりとは表示されてなく、メニュー看板もありませんが、11:30の開店前から毎日10~20名の行列ができています。そして、15時半頃にはスープが売り切れて閉店してしまいます。2003年に開店してから14年たっていますが、開店当初から毎日行列が続いています。

店内の装飾は最低限でシンプル、メニューはラーメンと味玉とチャーシューしかなく、大盛りもありません。年輩の店主(以下、オヤジさん)と奥さんの2人だけでやっています。提供しているのは、これといった特徴がなく、「ただ美味しい」ラーメンです。スープは僅かにトロミのある豚鶏・魚介のダブルスープ、麺は中太麺、具はメンマ、葱、海苔、鳴門巻き、トッピングは味玉とチャーシューで、どれも丁寧に作られていますが、どこの店でもあるものです。しかし、これが合わさると、忘れられない美味しいラーメンになります。細かく見れば、どれも完成度が高く、麺は絶妙なゆで方でツルツル・モチモチ、スープはさっぱりしていますがコクがあり、麺とスープとの絡み具合が絶妙、煮玉子とチャーシューは普通に美味しいですが、麺やスープとの相性が抜群です。深めの丼も、「ただ美味しい」を引き立てています。

ここ10年以上ラーメンブームがずっと続いていて、若い人が次々と参入し、それぞれ特徴を持ったラーメンを提供して競い合っています。みな、何らかの特徴を持った「とんがった」要素で差別化や優位性を出そうとしています。しかし、「らーめん はやし」はとんがった要素が全くありません。ラーメンデータベースの口コミを見ると、「美味しい」との高評価が多い中で、「何も特徴が無い」と評価が低い口コミも見受けられます。それでも、毎日行列・毎日完売です。

15時半頃スープが無くなってしまうのであれば、もっと多くの仕込みを行って営業時間を延ばせば、売上は大幅に増やせるでしょう。しかし、「オヤジさん」はそれをしません。何故でしょうか。

理由は、全部自分で仕込んでいるので、夕方店を閉めないと、翌日の仕込みができない、さらに、一人でできる仕込みには限りがあるため、15時半頃までの分量しか仕込むことができないためです。

それならば、人を雇って、仕込みを教えて、仕込みの量を増やし、営業時間を延ばせばいいのですが、「オヤジさん」はそれをしようとはしません。理由は、ラーメンの質を落としたくないためです。人に教えるとなると、どうしても自分でやるよりも質が落ちてしまいます。このため、全て自分で行い、その範囲内でできる仕込み量と営業時間を守っている訳です。

自分の技を伝えることも考えていません。既に亡くなった「つけ麺」の元祖とされる東池袋大勝軒の大将は、多くの弟子を育て、のれん分けして各地に「大勝軒」がありますが、直営店以外は、美味しくない店も少なくありません。ラーメンの世界において、「技を伝えて、弟子を育てる」のは簡単なことではなく、「オヤジさん」はそれがわかっていて、人を雇わないのでしょう。

ラーメン屋のコンサルを行う場合、コンサルタントの提案には、通常以下のようなセオリーが含まれます。

①店は人通りの多い路面店に出す。
②何らかの特徴(とんがった要素)を出して、他店との差別化を図る。
③リピート客が短いサイクルで来店するよう、複数のメニューを用意する(醤油と味噌とか)。
④来客のピークは昼と夜の2回あるので、それに合わせた仕込みとオペレーションを行う。
⑤回転率を上げることが必要。

「らーめん はやし」は①~④とは真逆のことをやっています。⑤も回転率をさらに上げることはできますが、敢えてやりません。それでも毎日行列・毎日完売です。一般的なセオリーを突き崩しているのは、「ただ美味しいラーメン」の一点です。この意味では差別化しています。特徴が無い「美味しさ」のため、飽きが来ることが無く、開店から14年たっても毎日行列が続いてます。14年も行列が続くことは、ラーメン屋としては珍しいケースです。毎日完売なので、売れ残りや不要な在庫は発生しません。

人を雇わず、営業時間が1日4時間程度ですから、そんなに大儲けはしていないと思います。仮に試算してみます。予想に基づき、店舗は20坪で10席、平均客単価800円、客の平均滞留時間は20分、原材料費率30%とします。行列ができているので、フルだと4時間で1席あたり12名、10席で120名ですが、閉店近くは行列が無いので、1日の来店者は100名(回転率10回)、月25日営業とします。月の売上は、客単価800円×100名×25日=2,000千円。費用は、原材料費が売上の30%で600千円、家賃は人通りが少ないとはいえ渋谷駅近ですので、坪35,000円とすると、35,000×20坪=700千円、水道光熱費はラーメンは仕込み時間が長いので月100千円、その他は通信費、雑費、ぐるナビ等の掲載料等を合わせて月50,000円とすると、600千円+700千円+100千円+50千円=1,450千円。売上から費用を差し引くと、2,000千円-1,450千円=550千円。これがご夫婦2人の収入になります。

ちなみに、アルバイトを2名雇い(人件費月300千円)、夜の営業を行い、顧客回転率が15回になると、同じ計算でご夫婦2人の収入は950千円になります。ラーメン屋は回転率を上げることが重要なのですが、「オヤジさん」は敢えてやっていません。

マーケティングの理論によるセオリーは重要です。しかし、世の中には、セオリーに反することを行って、成功していることも少なくありません。そこには必ず理由があります。「らーめん はやし」の場合は、完成度の高い「ただ美味しい」ことです。最初からこれだけで勝負を賭けた「オヤジさん」はたいしたものです。

つくづく、マーケティングの奥の深さを感じます。

以上

 

 

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