おかえりなさい!そして、ようこそ!――今年度のかわさき起業家塾を終えて

創業支援部 部長 湯浅 尚子

令和7年度「かわさき起業家塾」は、2月21日のビジネスプラン発表会をもって、全8回(計20時間)の全日程を無事終了しました。
起業は、外から見ると華やかに見える一方で、実際にはとても孤独な営みです。意思決定の責任は自分で引き受け、正解が最初から用意されているわけではありません。だからこそ創業期には、知識を得る「学ぶ場」と、悩みを言葉にして相談できる「関係性」の両方が欠かせません。「かわさき起業家塾」では、その両方を具体的に提供することを目指して運営してきました。
川崎中小企業診断士会は、川崎市産業振興財団(以下財団)からの受託により、過去6回にわたり「かわさき起業家塾」の運営を担ってきました。来年度以降の受託は未定ですが、本稿では、これまで多くの創業者と伴走してきた経験を踏まえ、創業者にとってなぜ「学ぶ場」と「関係性」が大切なのかを、事業計画書を書き上げるプロセスと、川崎の支援ネットワークにつながり続けることを通してお伝えします。

1.なぜ「学ぶ場」が必要なのか:日本の起業に対する意識の壁を越えるために

世界的な起業意識調査(GEM報告書)によると、日本の起業活動指数は6.1%、「起業に必要な知識・能力・経験がある」と答えた人は12.5%にとどまり、調査に参加した46カ国の中で極めて低い水準となっています。背景には、起業が「自分には手の届かない特別なもの」あるいは「リスクばかりが目立つ選択肢」と受け止められやすく、そうした不安が挑戦の大きな壁になっている現状があります。
この意識の壁を越えるには、思いの強さだけでは不十分です。創業期には、専門家から正しい知識を学び、自分のアイデアを客観的に見直し、第三者との対話を通じて事業として形にしていく機会が必要です。考えを言葉にし、検証し、修正するプロセスがあることで、漠然とした不安は「次に何をすればよいか」という具体的な課題に変わっていきます。
「かわさき起業家塾」では、そうした創業初期の不安を「次の一歩」に変えるための土台づくりの場を提供しています。

    2.「かわさき起業家塾」の特徴

    当塾の特徴を端的に言えば、創業に必要な知識を教えるだけでなく、創業者として大切な姿勢や行動の習慣を身につける設計にあります。
    私たちが重視しているのは、世界で優秀といわれる創業者の多くが意識している「計画(Plan)→実行(Do)→学習(Learn)」の循環です。正解がないからこそ、実行量だけでなく、実行した結果から何を学び、どう修正するか、素早い振り返りが、その後の進み方に大きな差を生み出します。
    「かわさき起業家塾」のカリキュラムは、この循環を素早く回す土台をつくることを意識して構成しています。今年度は創業計画作成<基礎編><実践編①②><応用編>という段階的なカリキュラムの構成とし、途中グループワークなども取り入れながら事業計画を磨く機会も設けました。そして成果物としての第1版計画書提出⇒第1版に対するチューターからのフィードバック⇒2日後に最終版計画書提出⇒翌日最終回でビジネスプラン発表という慌ただしいスケジュールを課しました。
    この一連の流れは、計画書の完成度を高めるだけでなく、創業者として必要な「考えを言語化する」「指摘を受けて修正する」「期限内に仕上げる」「人に伝える」という基本となる行動の習慣を、実践の中で身につける機会になっています。
    そのような計画書作成支援を軸に、特定創業支援等事業としての必須テーマである経営、人材育成、財務会計、販路開拓の4分野などを横断的に学べる構成とすることで、計画書作成を単なる書類作成に終わらせず、コンプライアンス意識や人権意識、数値管理力、判断・分析力など経営者として必要なマインド醸成、実質的な事業準備に結びつくよう配慮しています。
    さらに、今年度特に強化した点も、すべてこの視点に基づいています。
    第一に、財務の補講動画を初回から限定公開しました。損益分岐点や資金繰りの基礎を事前に学べるようにし、「数字が苦手だから思考が停止する」状態を減らしました。
    第二に、チューターが講義中に受講生の近くに座り、相談を受けやすい体制をつくりました。創業者の悩みは、質問の形で出てこないことも多くあります。対話を通じて課題を整理し、強みや差別化ポイントを言語化するサポートを行いました。
    第三に、例年大好評の先輩経営者の講話では、成功談だけでなく、苦労、判断の迷い、立て直しの過程まで、先輩の生の声を聴くことができます。受講生は「失敗しない方法」よりむしろ、「うまくいかない時にどう考え、修正するか」を疑似体験できます。
    第四に、財団の「ワンデイ・コンサルティング」制度を並行して活用する受講生を増やしました。講義で得た知識を、個別の面談で自分の事業に引き寄せ、計画と実行準備に落とし込む。ワンデイを活用して自身のビジネスをより深く検討できた受講生ほど、事業計画書の解像度が上がる傾向が見られました。ワンデイは卒塾後も活用していただけます。
    事業計画書は、提出して終わりの書類ではありません。市場の反応や顧客の声、実行して初めて見えてくるズレを受けて、書き換え続ける「生もの」です。卒塾後もこの「計画→実行→学習」の循環を高速で回し続けることが、事業の生存率を高める現実的な道だと、私たちは考えています。

    3.自己マネジメントと「人間力」のブランディング

    ビジネスを動かすのは、最終的には「信頼」です。その土台にあるのが、関わる人を大切にする「人間力」と経営者自身の自己マネジメントです。
    起業家塾での計画書提出期限の厳守、提出するファイル名の統一、丁寧な返信といった一見小さな自己マネジメントも、経営者としての信頼を形づくります。創業初期は、関わる人の誰が顧客や協力者になるか分かりません。全方位に向けた誠実な態度、人間力が事業の成功を招きます。
    また本年の「かわさき起業家塾」では、数十秒で事業コンセプトや想いを伝える「エレベーターピッチ」の訓練を行いました。これは、シリコンバレーの起業家が、多忙な相手にエレベーターの短い昇降時間内で自分の事業を伝える習慣に由来します。単に短く話すのではなく、誰の課題を、どう解決し、競合と何が違い、なぜ自分がやるのかを、相手に伝わる言葉で表現する訓練です。創業期は家族、金融機関、顧客、協業先、支援機関などに事業を説明する場面が続きます。言葉を磨くことは、そのまま事業機会を広げることにつながります。
    顧客は商品・サービスだけでなく「誰から買うか」を見ています。自分の強みや人柄、創業の動機を伝え、共感を得ることは、協力者やファンを引き寄せる重要なブランディングです。

    4.孤独に頑張る創業者へ:ネットワークをつなぎ直そう

    昨年度以前の卒塾生の中には、創業から数年経ち、日々の業務に追われ、「今さら聞きにくい」「進展がないのに相談しづらい」と感じて、支援機関や仲間と距離を取っている方もいると思います。しかし、孤立は情報の偏りを生み、変化への対応を遅らせます。自身のモチベーションを一人で保ち続けるには、限界があります。人と関わることで、新たな刺激やエネルギーを得ることができます。
    川崎市主催の「起業家・支援機関交流会」や財団主催の「かわさき起業家オーディション」の交流会には積極的に参加しましょう。私を含め当会の創業支援部メンバーは毎回参加しています。交流会で見かけたら、ぜひ「〇年度の卒塾生です、△事業で発表しました」などと声をかけてください。会場で輪が出来ている場面でも遠慮なく割り込んできてください。「そろそろ人を雇いたい」「販路拡大が上手くいかない」「資金繰りが不安」「設備投資したいが補助金は使えないかな」「新製品を開発したい」など、今の悩みに応じて、他の期の卒塾生、当会の専門家、行政・支援機関の窓口へ具体的につなぐことができます。起業家塾での支援を「点」で終わらせず、伴走支援の「線」につなぎ、地域の支援ネットワークの「面」へと機能させることが私たちの役割です。

    5.成功の鍵は「あらゆる言葉を事業の血肉とする姿勢」

    私たちがこれまで見てきた、成功する創業者の行動特性の中で、最も重要だと感じるものがあります。それは、常にアンテナを張り、講師・仲間・顧客からのあらゆる言葉を逃さず、自分の事業の「血肉」にしようとする意欲と謙虚さ、そして行動力です。
    耳に心地よい言葉だけでなく、厳しめの指摘も改善のヒントとして受け止め、すぐに試し、修正する。その積み重ねが、数か月後、数年後に大きな差となって表れるでしょう。

    創業は、たしかに孤独です。けれど、孤立する必要はありません。当会支援ネットワークの場へ「おかえりなさい!」そして、まだ参加されていない方は「ようこそ!」-ぜひ、これを機会に来年の「かわさき起業家塾」への参加をご検討ください。

    皆様の挑戦を、私たちはこれからも「点」ではなく、「線」と「面」で支えていきます。

    以上

    経済産業省委託「起業家精神に関する調査報告書(令和5年度版)」
    【開催終了】【満員御礼】令和7年度かわさき起業家塾 | 公益財団法人 川崎市産業振興財団
    かわさき起業家オーディション|ビジネスプランコンテスト
    川崎市 : 【R8.1.27開催】「起業家×支援機関 交流会」~起業家と市内支援機関が大集合!ビジネスの仲間を見つけよう~(川崎市創業支援等事業イベント)
    コンサルティング | 公益財団法人 川崎市産業振興財団

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