カーボンニュートラルへの中小企業経営

中小企業診断士 伊原 晃司

はじめに

カーボンニュートラルという言葉は、近年ますます注目されています。気候変動の影響が顕著になる中、企業にも積極的な対策が求められています。これは大企業だけの問題ではなく、中小企業においても直面している大きな課題です。本稿ではカーボンニュートラルの概要及び今後の中小企業の対応について述べていきます。

1.カーボンニュートラルとグリーン成長戦略

カーボンニュートラル(以下CNと略)とは、地球温暖化の原因である温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることです。2015年のパリ協定で(1)世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて+1.5℃以内に抑える努力をすること、(2)世界の温室効果ガスを今世紀後半には排出量と吸収量のバランスをとることが合意されました。世界125ヶ国以上がCNを宣言しており、日本政府も2050年のCN達成を宣言しました。その実現のために、成長と発展の機会としてグリーン成長戦略が策定されました。成長が期待される14の重要分野が設定され、事業再構築補助金のグリーン枠やものづくり補助金の成長分野進出類型(DX・GX)の課題解決の取組みの対象になっています。
参考:グリーン成長戦略20210618005-3.pdf (meti.go.jp)

2.日本企業の対応と中小企業

こうした状況下、多くの日本企業も自主的にCNを宣言しています。日本経済新聞(2022年11月17日)によると、472社が宣言をしています。
主な宣言企業

  • 2030年目標:パナソニック、オリンパス、NTTドコモ等
  • 2040年目標:ソニー、花王、富士フィルム等
  • 2050年目標:トヨタ、三菱電機、ライオン、鹿島建設、三井物産等

CNの達成にはサプライチェーン全体でのCO2排出量の削減が求められており、国際機関「GHGプロトコルイニシアチブ」が作成した基準にて段階毎にScope1,2,3に分類されています。
Scope1:事業者⾃らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、⼯業プロセス)
Scope2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使⽤に伴う間接排出
Scope3:Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)

Scope3は、サプライチェーンの上流及び下流の排出量であり、CNを宣言した企業と取引のある企業が対象になります。CN宣言企業に材料、部品、間接材を納入、輸送や配送、一方製品を利用してサービスを提供する企業が対象になります。CN宣言企業と直接取引をしている企業だけでなく、二次取引先にも広がっていくことも考えられ、中小企業もCNを意識した経営が求められます。

3.中小企業のカーボンニュートラルの現状

商工中金の「中小企業のカーボンニュートラルに関する意識調査(2023年7月)」によると既にCNへの対応を実施している企業が17.3%、検討中が26.9%、何もしていないと回答した企業が55.8%です。実施の動機は、エネルギーコストの削減が最も多く、次いで補助金・税制の優遇、企業イメージの向上となっています。しかし今後は、CNの意識の高まりから、外部からの要請(Scope3として顧客・取引先)が増えていく事が予想でき、中小企業でも早急の対策が求められます。

4.中小企業の今後の対応

中小企業にとって、CNは二つの側面で捉えることができます。一つは事業の継続・維持のための「守りのカーボンニュートラル」、もう一つは、今後の成長の機会としての「攻めのカーボンニュートラル」です。

  1. 守りのカーボンニュートラル
    • 企業責任としての環境対策
      CNは気候変動問題に直結しており、環境対策としての重要なテーマです。企業としての社会的な責務だけでなく、顧客や消費者も環境を意識した製品・サービスを選別する傾向が高くなっているため、対応が求められてきます。またCNの取組みはSDGsの目標達成にも関連し、消極的な企業は、事業にマイナスな影響が考えられます。よって、CNに対応した経営をしていくことが環境対策であり、かつ顧客や消費者に選ばれる企業となり、経営の安定につながります。
    • 現状の取引の維持
      CNの宣言企業は、Scope3の対象である取引先にCO2削減を要請してくることが考えられます。実際、トヨタ自動車はCO2削減を部品メーカーに要求しています。今後は取引条件として、価格、品質に加えCO2削減が見積条件に加わってくるでしょう。未対応の場合は、見積を提出することも不可能になります。また、未達の場合は納入価格(未達分減額)に影響することも考えられます。よって、現状の顧客との取引を維持・継続する上でも、CNの対応は必要になってきます。
  2. 攻めのカーボンニュートラル
    • 新規顧客の開拓
      CNへの積極的対応は、現状取引の維持だけでなく、新規顧客の開拓に好影響を及ぼします。CNを宣言した企業は、取引先を巻き込んだCO2削減の活動を行っており、対応できない企業は徐々に選別されていき、対応している企業に入れ替わっていくでしょう。よって、競合他社より先んじてCNに対応することにより、新たな顧客開拓にもつながっていきます。
    • 新規事業のチャンス
      CNは多岐に渡る分野にまたがっており、新たな事業機会になります。自社の強みや技術を活かして、新規事業に挑み、新たな分野への進出の可能性が広がります。また、CNの取組みにより、製品・商品の付加価値を向上させ、顧客への訴求もできるでしょう。CN市場はまだブルーオーシャンであり、中小企業にとっと、新たなビジネスチャンスになります。
    • コスト競争力の向上
      CO2削減対策として、省電力設備の導入や更新、また業務全体のプロセスを見直すことにより、光熱費や燃料費の削減、生産性の向上、業務の効率化を実現できます。その結果、コスト競争力が向上できます。また、再生エネルギーを使用することにより、原油高騰・為替変動などによる価格変動のリスクも抑えることができ、安定的に価格競争力を高められます。
    • 企業イメージの向上
      CNに積極的に取組む企業として、顧客や取引先にだけでなく、地域や業界内での企業イメージの向上になります。企業イメージの向上は顧客開拓だけでなく、働く従業員のモチベーションをアップさせ、生産性の向上に寄与します。また、採用面においても優秀な人材獲得にもつながり、企業の成長に大きく貢献していきます。

これからの中小企業経営にとって、CNへの対応の重要性はますます高まっていきます。「守りのカーボンニュートラル」で現状の事業を固め、「攻めのカーボンニュートラル」で事業の成長を目指す両輪での企業経営が必要になります。

5.カーボンニュートラルに向けた支援体制

中小企業がCNに取り組むにあたり、様々な支援体制があります。補助金、融資、優遇税制、或いは相談窓口などを上手に活用しながらCNに取り組んでいくことが、中小企業の経営に欠かせません。一部を下記に紹介いたしますが、詳しくは、経済産業省・環境省発行の「カーボンニュートラル支援策」を参照ください。pamphlet2022fy01.pdf (meti.go.jp)

  1. 補助金
    • ものづくり補助金(成長分野進出型(DX・GX))対象:グリーン成長戦略「実行計画」14分野に掲げられた課題の解決に資する革新的な製品・サービスの開発
    • 事業再構築補助金(グリーン成長枠)対象:事業再構築を目的としてグリーン成長戦略「実行計画」14 分野の課題の解決に資する取組み (注 2024年度の実施は確認が必要)
    • SHIFT事業 対象:工場・事業場における先導的な脱炭素化に向けた取組み
  2. 融資・税制
    • 日本政策金融公庫による環境・エネルギー対策資金(GX関連)
    • 省エネルギー設備投資に係る利子補給金
    • カーボンニュートラルに向けた投資促進税制
  3. 相談
    • 中小企業基盤整備機構 カーボンニュートラル相談窓口

以上

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