企業活力を高めるシニア人材雇用の進め方

~急速な環境変化と労働力不足時代に備える~

中小企業診断士・キャリアコンサルタント 仁科 昌治

はじめに

少子化の影響で、多くの企業が人手不足に直面しています。そのような中、令和3年4月1日に施行された改正高年齢者雇用安定法により、企業は、従業員の70歳までの就業確保措置を講じることが努力義務となりました。
これからの企業は、労働人口が減少する中で割合が増え続けるシニア人材を、法的義務や社会的要請による雇用ではなく、シニア人材の経験と知識、多様な視野・視点を活かして、今後の不透明な経営環境の変化に対応するための重要な戦力として活用すべきです。

Ⅰ 現在の労働市場の現状と課題

1.1 労働市場の現状

多くの企業が採用活動による予定人数の確保を行えていません[*1]、[*2]。帝国データバンクの調査では、2023年度の人手不足に起因する倒産件数が過去最多を記録しています[*3]。今後の労働力需給推計では、労働力人口が減少し、60歳以上の割合が大きく増加すると見込まれています[*4]。

1.2 働く人の意識の変化

働く人々の意識も変化しています。新入社員意識調査では、「定年まで就職先の会社で働きたい」と考える人が減少し、「チャンスがあれば転職したい」と考える人が増加しています[*5]。また、米国の民間調査会社ギャラップの「グローバル職場環境調査」によると、仕事への熱意や職場への愛着を示す社員の割合が日本は5%と低く[*6]、人を大切にする経営学会会長の坂本光司氏が我が国を代表する著名企業で働く高学歴社員に対して行った「自分がもっている能力の何%くらいを所属する組織のために日常的に発揮しているか」という調査でも、大半の人が10%~20%だったという驚きの結果が示されています[*7]。

1.3シニア人材の労働意欲

60歳以上で働き続けている人の約9割が「70歳かそれ以上、収入を伴う仕事をしたい」と考えており、高い労働意欲を持っています[*8]。
しかし、1.2に記したような社員が十分な能力発揮を行えていない組織の中では、シニア人材の高い労働意欲を活かすことは難しく、組織風土を改善し、「今いる社員」のモチベーションを高めることが重要です。

Ⅱ シニア人材の戦力化を阻む問題点と課題

70歳までの就業確保について、まだ30%程度の企業しか対応出来ていません。
この要因には、シニア人材に対する偏見とシニア自身の定年後の働き方に対する意識・意欲の低さがあると考えられます。

2.1シニア人材の戦力化を阻む偏見と人材マネジメント上の課題

組織内のシニア人材に対する偏見には以下のようなものがあります。

  • 年をとると、新しいことを学べないし成長しない
  • 定年後の継続雇用になるとモチベーションが下がる
  • 定年後の賃金に見合った仕事が見つからない
  • シニアがいると周囲の若い人の負担になる

人は年をとると体力や集中力、記憶力は衰えます。しかし、個人差があります。何歳になっても学び続ける人もいます。「年をとったら成長しない」というのは、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)です。このような思い込みは、所属する組織の文化や周囲の影響でシニア自身にも醸成されます。
一方、シニアは長年の経験による習熟能力や広い視野を持ち、高いコミュニケーション能力を有しています。相対的に生計費負担が軽いこともシニアの強みです。
逆に、「早く引退して余生を楽しみたい」、「違うことをやってみたい」といった思いが強くなったり、家族の介護や地域社会への参加などの時間が増え、定年前と同様の職務を行うことが難しい人もいます。
シニア人材を戦力化するためには、こういったシニアの特徴を踏まえて、個々の能力を活かし、意欲を高める人材マネジメントを行うことが必要です。

2.2シニア人材のキャリア自律意識の欠如と課題

シニア人材が定年後も戦力となるためには、シニア自身も社会の変化や会社の戦略を踏まえ、会社の発展に貢献できる様に学び続ける必要があります。
そのためには、人生100年時代をどのように生きたいのか、その中で今の職場でどのような役割を担いたいのか、自らの価値観、経験、能力、健康状態や家庭事情等に基づいて、主体的に考えるキャリア自律マインドが求められます。
しかし、これまでの長期雇用の下で、自身の仕事人生を会社に委ね、長期的なキャリアを深く考えることがないまま定年を迎える人も多くいます。
シニア人材の戦力化のためには、早い時期からキャリア自律を促すことが必要です。

Ⅲ シニア人材戦力化のための具体策

最も大切なのは、経営者のシニア人材活用に対する思いの発信です。
社員の幸福を考え、シニア人材を含めた社員一人ひとりの能力を最大限に活かすことを職場の内外に宣言した上で、以下の施策を実践することです。

3.1人材マネジメント

(1)シニア人材の能力を活かす職務の設計

定年後の職務の設計では、本人と組織の既存業務の棚卸を行い、今後の環境変化に適応するための新たな業務も含めて、職務の再編成を行います。
特に以下の3点について考慮すべきです。

  • 会社のミッション達成、価値創出に貢献し、遣り甲斐や意味を感じられること
  • 本人の自主的な提案も受け、十分な時間をかけて計画的に行うこと
  • 決定した職務に対する期待感を本人と現場に周知すること

(2) 仕事に見合った賃金の設計

定年前と同じ職務を継続する場合でも、一律で賃金ダウンを行う企業がありますが、同一労働同一賃金の考え方に反するだけでなく、定年後の働く意欲を下げ、戦力化に繋がりません。定年後の賃金は、定年前の賃金処遇を一旦リセットし、定年後の仕事の価値に見合った賃金とすることが基本です。
特に以下の3点について考慮すべきです。

  • 定年前の賃金体系に年功的な要素があった場合の額の是正
  • 定年後の職務内容や責任の程度、配置変更の有無等を考慮
  • 定年後の賃金処遇を含めた労働条件(勤務日数・勤務時間等)の早期通知

(3)意欲を高める評価制度

定年後の継続雇用期間であっても戦力化を進めるためには、評価制度は不可欠です。シニア人材に期待する能力発揮、仕事の成果を明確にした上で評価を行い、賃金処遇に反映させることが大切です。

3.2高齢者のキャリア自律マインドを高める

(1)キャリア自律マインド養成プログラムの提供

キャリアコンサルタントやキャリア研修の機会を45歳、50歳頃から提供します。
企業の資金面などで困難な場合でも、上司との面談で将来のキャリア(人生設計)ついて問いかけを行うことで、キャリア自律マインドを高めます。
(問いかけの例)
 ・これからの人生で大切にしたい生き方は?
 ・当社を取り巻く今後の経営環境で重要だと思う変化は?
 ・定年後は、どのような役割を担いたい?
 ・そのために、どのような学びを進めたい?

(2) 会社としてのスキルアップ支援

社員自らの主体的な学びを支援する制度を導入します。特に企業が今後の環境変化へ適応するために必要となるスキルの獲得支援は重要です。
(支援例)
 ・資格取得支援の手当、書籍代補助
 ・通信教育費の補助、セミナー等社外研修の案内

企業の資金面などで困難な場合でも、新しいことを学ぶことへの賞賛や、評価への反映で継続的な学びへの動機づけが行えます。

(3)多様な職務経験から自己理解や新たな学びへの刺激を得る機会の提供

出向、他社との共同プロジェクトへの参画、情報交換会等の交流の場への参加、副業・兼業の経験は、視野を広げ、自身のキャリアを考えるきっかけとなります。

3.3組織文化の形成

今後の不透明な環境変化を乗り越えていくためには、多様な考え方から新たな価値を生むイノベーティブな組織文化の形成が不可欠です。シニア人材を外国人や女性など、多様な視点・意見から新たな価値を生み出すダイバーシティ・マネジメントの一環として捉えます。先の3.1に記した意欲向上につながる人材マネジメント策に加え、組織や年齢による隔たりのない、自由にものが言える時間・空間を意図的に設けることが大切です。

おわりに

70歳までの就業機会確保は、現在は努力義務ですが、政府の成長戦略実行計画として、いずれ義務化されることは確実です。
シニア人材の自律マインドを高めて戦力化を進め、組織の環境変化への適応能力を高めるには時間がかかります。活き活きと働くシニア人材の存在は、組織の活力を高め、若手社員の採用や定着にもつながります。
各企業が、今からシニア人材の戦力化に取り組み、今後の大変化時代に備えることを願います。

(参考文献)
*1東京商工会議所「新卒者の採用・選考活動動向に関する調査」(2023.11.21)
https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1201618
*2リクルートワークス研究所「中途採用実態調査」(2024.1.18)
https://www.works-i.com/research/works-report/item/240118_midcareer.pdf
*3帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2024年4月」
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p240501.pdf
*4独立行政法人労働政策研究・研修機構「2023 年度版 労働力需給の推計(速報)」
https://www.jil.go.jp/press/documents/20240311.pdf
*5東京商工会議所「2024年度新入社員意識調査集計結果」
https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1202816
*6日本経済新聞2023年6月14日
*7「日本で一番大切にしたい会社8」
*8内閣府「令和5年度高齢社会白書」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/zenbun/pdf/1s2s_01-4.pdf

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