動き出した為替相場、為替リスクをどうするか

中小企業診断士・証券アナリスト 金森 亨

外国為替相場は円安にシフトしています。想定外の相場変動は本業に専念したい経営者にとってリスクとなるでしょう。変動要因を診ながら、リスクコントロールする方法を提案します。

1.為替相場の決まり方

為替相場がどう決まるのかを研究した理論があります。

(1) 伝統的な為替相場決定理論

外国との貿易取引を行うようになった頃から多くの為替相場決定理論が提唱されてきました。その中から代表的なものを2つ紹介しましょう。

① 購買力平価説
為替相場は物価水準によって決まります。ある一時点のA国の通貨とB国の通貨の間の購買力平価は下式で与えられます。

購買力平価=(A国の物価水準)÷(B国の物価水準)

図1「日米相対的購買力平価の推移」は、筆者が公的データから日米の相対的購買力平価を計算してプロットしたグラフです。実勢相場が平価から乖離する場面も見られますが、数十年のスパンでは見事な相関関係が見られます。

② 国際収支説
国際収支との関係で為替相場の変動を説明したものが国際収支説です。直感的には次のように理解できます。すなわち、日本が米国に米ドル建てで輸出すると、受け取った米ドルは国内で通用しませんから米ドルを売って円を買おうとします。この行動が市場では円の需要となり、円が米ドルに対して増価するというわけです。

(2) アセットアプローチ

時代が進み、資金が越境して自由に往来するようになると別の視点が必要になりました。その代表がアセットアプローチです。
投資家の利回り選好行動により資金が高利回りを求めて通貨間を往来するとき、高利回り通貨が買われて高い金利の国の通貨が増価するというわけです。下式のように、2つの国の金利差は為替相場の比率差に等しいという金利選好式がベースにあります。

A国金利-B国金利=(将来予想為替相場-現在の為替相場)÷(現在の為替相場)

しかし、金利が高ければいいというわけではありません。手にした儲けを日本に送金しようとしたときに突然為替規制がかかって本邦に送金できなくなる事態も起こりえます。また、その国の経済総合力なども評価すべきでしょう。それらをパラメーター「不安定要因」として組み込んだのが下式です。

A国金利-B国金利=(将来予想為替相場-現在の為替相場)÷(現在の為替相場)-不安定要因

これをポートフォリオバランスアプローチといいます。

(3) 最近の円安と今後

過去、経常黒字やデフレ脱却未達成を背景に相場を予想する報道がありました。これらは主に伝統的理論がベースにあります。しかし近年、特に短・中期においてはアセットアプローチが注目されているようです。
それは貨幣が担う3機能にも関わっています。交換機能では国際収支や購買力平価が説得力を持ちます。一方、価値保蔵機能となると、運用に軸足が置かれ、利回りの高さやその国の経済総合力などが重要になってくるでしょう。日米欧諸国は成熟債権国です。弱い財サービス収支を所得収支が補っている状況なので、所得収支黒字維持のためにはうまく運用したい。つまり、運用先の利回りや安全性を重視するようになっているのです。

その点、日本は資金運用先として評価されにくい状況にあります。円では高利回りが期待できないうえ、各地紛争やサプライチェーン寸断などで日本経済の脆弱さが表面化しました。国の経済力の2大構成要素であるエネルギーや食料を自前で賄えない状況が近年の円安の一因であると考えます。そのうえ労働力の再生産もできなくなっています。カネを持っていればなんでも買える時代は終わりました。
これを踏まえた相場予想では、エネルギーと食料という一国の経済総合力に明るい兆しが見えるまではこの円安状況は変わらない可能性があります。
しかし、それもあくまで可能性の1つに過ぎません。正確に相場を予想するのは困難です。予想困難なリスクは経営の足を引っ張るだけですから、なんとかうまく管理したいものです。

2.為替リスク管理の方法

(1) 管理の基本

為替リスクをうまく管理する基本は、Volatility(将来の動向を含めた相場の変わりやすさ)を見極めてExposure(為替リスクへの露出量)を調整することです(図2「為替リスク管理の基本」参照)。

為替相場の動向を見極め、その範囲で為替リスクに晒されている部分、つまり外貨資産(例:輸出為替手形)と外貨負債(例:輸入為替手形)のギャップを調整するのです。例えば、予想が困難な場合はギャップを最小限に抑えるなどです。

(2) ヘッジの活用

Exposureを調整する方法としてヘッジ(カバーも含む)があります。外部ヘッジと内部ヘッジがあります。

  • 外部ヘッジ
    銀行など社外との契約によりリスク共有などを行う方法です。最も一般的な先物為替予約をはじめ、通貨オプション、通貨スワップ、通貨先物取引などの手法があります。
  • 内部ヘッジ
    社内で外貨資産と外貨負債をバランスさせる方法です。取引で発生する外貨資産に対応させて外貨借り入れする方法や、輸出と輸入をバランスさせて売り買いを社内でマリーさせる方法などがあります。

3.為替リスク管理体制構築の方法

上記の管理基本を継続して行うためには適切な管理体制を敷く必要があります。管理体制は、管理ルールの制定、管理組織の設定、管理ツールの導入で構築するのがいいでしょう。このうち、管理ルールの制定は下記の各項目についての対応をお勧めします。

(1) 管理対象リスクの特定

為替リスクは下記の4つに分類することができ、特性が異なります。例えば、会計リスクは実体損益に影響しないことや、経済リスクは影響経路の遮断が難しいことなどです。リスクによって要求される管理精度も異なるため、これらを考慮して管理リスクを特定し、併せて管理精度を設定する必要があります。

  • 取引リスク:個別取引に着目し、取引発生時からその手仕舞うまでの期間に発生するリスク。
  • 会計リスク:決算などある一時点の外貨建て勘定を円換算額で評価する際に評価差額が発生するリスク。
  • 潜在リスク:外貨建て運用・借入金などで発生する利息額が為替相場変動に晒されるリスク。
  • 経済リスク:為替による事業環境変化を通じて事業全体や一部が影響を受けるリスク(外貨取引がなくても間接的に影響を受ける)。

(2) リスク・テイク限度の設定

ヘッジ実施までの待機期間やロス・カット・ルールを決め、組織上の運営として関連する決裁権限を設定する必要があります。

(3) 社内レートの設定

業務効率化と取引採算の視点から、各種社内レートを決めておくといいでしょう。経理上の平均レートや利益計画上の想定レート、対外的な一定期間内固定値決めレートなどです。組織規模が大きく、部門別採算管理を採用している場合は部門間仕切りレートも必要でしょう。
動き出した為替相場を前に、これとどう向き合うかを経営の視点から述べてきました。リスク管理の一環として参考になれば幸いです。

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