中小企業の持続成長に効くシニア戦力化とは?
- 2025/12/1
- 診断士の視点

中小企業診断士 半貫 貴久
1.はじめに:人手不足時代の中小企業に必要な視点
現在、多くの中小企業が人手不足という経営課題に直面しています。特に地方の製造業や建設業では、若年層の採用が困難を極め、ベテラン社員の定年退職が事業継続のリスクとなっています。
一方で、60歳を超えても働く意欲を持つ方々は年々増加しています。総務省の調査によれば、2024年で60~64歳の就業率は約74%、65歳以上でも25%を超えています。もはや「定年=引退」という価値観は過去のものとなりつつあります。

図1. 60歳以上の就業率の推移

図2. 65歳以上の年齢階級別就業率の推移(2014年~2024年)
図1:出典:総務省「労働力調査(基本集計)2024年」から生保文化センター作図
https://www.jili.or.jp/lifeplan/houseeconomy/1045.html
図2 出典:総務省 統計からみた我が国の高齢者
https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics146.pdf
本稿では、60歳以上で働く意欲・経験を有する方々を「シニア人材」と定義し、彼らの力を“戦力”として活かすことで、中小企業の持続的な成長にどうつなげることができるのかを考察してまいります。
2.シニア人材の“もったいない力”を活かす
(1)生成AIにすべて任せることはできない
私が顧問を務める製造業のある企業では、設計部門に60代のベテラン社員が複数在籍しています。その中のお一人は、長年にわたって装置設計を担ってこられた熟練技術者で、若手社員が図面の意図を読み取れず困っている場面で、たった数分の説明で問題を解決に導くことがありました。経験に裏打ちされた判断力と「作業の意味を体で覚えている力」は、マニュアルでは補えない現場の知です。
また、別の企業では、営業職として再雇用された元管理職のシニア社員が、長年の顧客との関係性を活かし、新規営業をサポートしています。「この人が紹介してくれるなら信頼できる」と顧客が応じてくれる場面も多く、まさに“関係資産”の力を感じます。
さらに、週3日勤務、午前のみの勤務といった柔軟な働き方に対応できるのもシニア人材の強みです。特に繁忙期に限定的に稼働してもらう「ピンチヒッター的活用」は、小規模企業にとって大きな戦力となります。
3.シニア活用の実務的アプローチ
① 業務マッチングと役割設計
シニア人材の戦力化で最も重要なのは「全てを任せる」のではなく、「特定の領域に集中してもらう」ことです。たとえば、私の支援先である機械設計会社では、「若手指導」「設計図レビュー」「顧客ヒアリング補佐」など、経験が活きる業務に限定して活躍してもらっています。
このような取り組みには、あらかじめ業務ごとのスキル要件や体力負担を可視化し、それぞれの人材に「何を期待するか」を明確に伝えることが不可欠です。役職名に「アドバイザー」「育成担当」など意味を持たせることで、本人のモチベーションも向上します。
② 柔軟な雇用形態と働き方
「再雇用制度が形式的でモチベーションが上がらない」という声は多く聞かれます。その対策として、ある製造業では、60歳以降の人材を嘱託社員として雇用するだけでなく、「品質改善チームのメンバー」として役割定義を明示。さらに、勤務日数や時間の調整にも柔軟に対応し、双方にとって無理のない環境を整備しています。
また、別のサービス業では、65歳以降も一定条件で継続雇用を可能とし、「働けるうちは現場に出たい」という声に応えることで、若手とのチーム形成や現場の安定に寄与しています。
③ 動機づけと“必要とされる感覚”
ある建設業では、再雇用者に対して毎月1回の「振り返り面談」を実施し、「後継者育成への貢献」や「品質維持への影響」などの定性的評価を丁寧にフィードバックしています。「数字だけでは見えない価値を認めてもらえる」ことが、シニア社員の大きなやりがいになっているとのことでした。
「あなたにしかできない仕事がある」「後輩があなたを頼りにしている」といった言葉は、何よりの報酬です。役割の明確化と感謝の言葉の積み重ねが、戦力化の土台になります。
4.成功事例と現場のリアル
地域のある精密部品メーカーでは、ベテラン社員による「品質見守り活動」が定着し、不良率が大幅に減少しました。若手社員が「この工程は〇〇さんがチェックしている」と知っていることで、現場に自然な緊張感が生まれるそうです。
また、機械加工業のある企業では、過去に退職した技術者に再度声をかけ、業務委託として週2回だけ出勤してもらっています。その方は、自作の動画マニュアルを使って若手にノウハウを伝授。「会社を辞めても、まだ役に立てるのがうれしい」と語っておられました。
こうした事例に共通しているのは、形式的な再雇用ではなく、「誰に、どの業務を、どんな役割で任せるか」が丁寧に設計されている点です。
5.中小企業が取り組むべき第一歩
まずは、社内外の「眠れる人材」を棚卸ししてみてください。現役の60歳以上だけでなく、退職者やOBも含めて、「まだできること」「活かせる経験」があるかもしれません。
次に、就業規則や求人票に「短時間勤務可」「再雇用歓迎」などの文言を明記し、柔軟な選択肢を示すことが必要です。こうした小さな一歩が、シニア人材にとっての心理的ハードルを下げます。
最後に、現場側(若手社員や管理職)との対話の場を設け、「世代を超えた協働とは何か」を一緒に考えることが重要です。私が支援した企業では、世代間の壁を越えるための「ペアプロジェクト制度(※3)」を導入し、職場の雰囲気が大きく改善しました。
(※3ペアプロジェクト制度:経験豊富な社員と若手社員がペア(2名体制)を組み、共同でプロジェクトに参加・遂行する仕組みのことで、実務スキルの継承と活動機会の拡大が目的)
6.おわりに:シニア活用は経営戦略の一環
シニア人材の活用は、単なる“余った人手”の活用ではありません。むしろ、若手だけではカバーしきれない「現場の安定」「品質の維持」「技術の継承」「顧客との関係維持」など、企業の土台を支える戦略的リソースです。
診断士として現場に入り込んで支援をするなかで、「人材は採るものではなく、活かすものだ」という言葉の意味を、私は何度も体感してきました。中小企業にこそ、年齢・性別・ライフステージを問わず、「できることを、できる形で活かす」人材活用の視点が求められています。
皆様の企業においても、“もったいない人材”が“欠かせない戦力”へと変わる、その第一歩を踏み出していただければ幸いです。














