給与で人は来ない?「関係性資本」で組織OSを書き換える採用戦略

中小企業診断士 齊藤 信

1.採用難の正体は「人口減少」ではない

「求人広告を出しても応募がゼロ」「せっかく採用した若手がすぐに辞めてしまう」――。今、多くの中小企業経営者が直面しているこの悩みに対し、私たちは「少子高齢化だから」「地方だから」と外部環境のせいにしてしまいがちです 。しかし、同じ厳しい条件下でも、応募が殺到し、若手が生き生きと働く企業は確実に存在します 。
その決定的な差は、社会の変化に対する「嘆き」の差ではなく、組織を動かす「OS(基本ソフト)」をアップデートできているかどうかにあります 。
かつての日本企業が搭載していたOSは、「大量生産・コマンド&コントロール型」でした 。上司の命令は絶対で、長時間労働が美徳とされ、人は「替えのきく労働力」として扱われてきました。このOSは、Windows 95が最新だった時代には効率的でしたが、現代の「人材希少・多様性の時代」にはバグを起こしています 。古いOSのまま、福利厚生という「最新アプリ」を追加しても、システムは正常に動きません。今、求められているのは小手先の修正(パッチ)ではなく、OSそのものの入れ替えなのです 。

2.「関係性資本」という最強の無形資産

新時代の組織OSの核となるのが、私が提唱する「関係性資本(リレーション・キャピタル)」です 。近年、人的資本経営が注目されていますが、個人のスキル(人的資本)だけを高めても組織は強くなりません 。どれほど高性能なエンジン(個人)を揃えても、それらを繋ぐ回路に不備があれば、組織というマシンは動きません。反対に、個々の能力は平均的でも、固い信頼関係で結ばれたチームは、個人の能力の総和を遥かに超えるパフォーマンスを発揮します 。
「個が何を知っているか(スキル)」が人的資本なら、「誰と、どうつながり、どう響き合っているか(信頼)」が関係性資本です 。この資本は、AIが知識を代替する時代において、決してコピーできない最強の資産となります 。
多くの企業は採用を「給与と労働力の取引」だと勘違いし、条件のオークションに参入してしまいます 。しかし、中小企業が大企業と条件で競っても勝ち目はありません。関係性資本を武器にする企業は、給与の多寡を超えた「この人と働きたい」という感情の報酬を提示することで、独自の土俵で戦っています 。

3.Z世代が求める「ここにいてもいい理由」

この関係性の質に最も敏感なのが、1995年以降に生まれた「Z世代」です 。彼らは生まれた時からデジタルOSが社会にインストールされていた世代であり、古い組織OSの不自然さを誰よりも敏感に察知する「高感度なセンサー」でもあります 。
彼らにとっての「安定」とは、もはや終身雇用というシェルターではなく、「どこへ行っても通用する自分の腕(市場価値)」と「一人の人間として尊重されているという実感」です 。彼らは「誰でもいい仕事」に自分の人生を預けようとは思いません。
採用力を高めるために必要なのは、豪華なオフィスではなく、「自分はここにいてもいいんだ」と実感できる関係性のデザインです 。1on1での深い対話や、小さな貢献に対する即座のフィードバックを通じて、「この会社にいるときの自分が一番好きだ」と思わせることが、どんな福利厚生よりも強力な定着力となります 。

4.明日から実践できる「4つの技術」

関係性を築くことは、センスではなく、習得可能な「技術(テクノロジー)」です 。以下の4つのコマンドを使いこなすことで、職場の空気は劇的に変わります。

•傾聴:言葉の表面ではなく、裏にある「感情」や「願い」にピントを合わせ、沈黙を待つ技術 。
•共感:正論や否定を脇に置き、相手の見ている景色を隣に並んで眺める技術 。
•フィードバック:裁く「裁判官」ではなく、相手の盲点を映し出す「鏡」となり、「私はこう感じた(アイ・メッセージ)」で伝える技術 。
•対話:正解のない問いに対し、「私たちにとって大切なことは何か」を役職を超えて探求する技術 。

5.診断士としての提言 ~まず「感情」を設計せよ~

多くの経営者が「まず制度を作れば人が動く」と考えますが、それは間違いです。土壌が乾ききった砂漠(ギスギスした職場)に、どれほど高価な種(制度)をまいても芽は出ません 。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「成功の循環モデル」によれば、組織の成果は常に「関係性の質」から始まります 。関係性が良くなれば「思考の質」が上がり、それが「行動の質」と「結果の質」へと繋がっていくのです 。
制度は「後付け」で構いません 。まずは、現場の「感情」という土壌を耕すことから始めてください。中小企業診断士として、私たちは財務諸表上の数値だけでなく、この「見えない資産(関係性資本)」をいかに積み立てるかという視点で伴走すべきです。
「人が来ない」と嘆く時代を終わりにしましょう。関係性という名の資本を積み立てる経営こそが、これからの厳しい時代を生き抜くための中小企業の生存戦略なのです 。


著者プロフィール: 齊藤 信(さいとう まこと) 齊藤中小企業診断士事務所 代表 / 法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教員 「関係性資本」を軸とした組織開発・採用支援に従事。著書に『「給与を上げても人は来ない」時代の新・採用戦略 ── 関係性資本(リレーション・キャピタル)の衝撃』などがある。

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