改善活動に「ダイバーシティ」の観点を!

中小企業診断士 ・ 第一種衛生管理者 宮木 恵美子

1.はじめに

みなさん、こんにちは。中小企業診断士の宮木恵美子です。このコラムでは、雇用の多様化が進む今日、従業員の「安全」と「健康」の確保の観点から、企業のリスクマネジメントを確認していきたいと思います。

2.促進される雇用のダイバーシティと企業リスク

「多様性」とは、「いろいろな種類や傾向がある」という意味であり、経営の現場では「多様性」のことを「ダイバーシティ」という言葉を使って表現されることがあります。「ダイバーシティ」とは、性別、年齢、国籍、人種等、異なる特性をもつ多様な人材が相互に理解し合い、共存する中で多様な働き方を生み出し、組織を活性化させていくことを示します。

2018年6月に内閣府より公表された【骨太の方針】には、労働力不足の我が国の新たな働き手として、女性、中高年齢、外国人材、障がい者等の活用を促進する「人づくり革命」が記載されています。そして、現在、企業の募集・採用時の「ダイバーシティ」は成熟しつつあるといっても良いでしょう。

しかしながら、雇用関係の成立後、賃金、評価(昇進、昇格)、教育訓練、安全衛生・健康の確保においては、「ダイバーシティ」の達成には、まだまだ課題が残されているのではないでしょうか。

例えば、働き方改革では「業務効率化」、「生産性向上」のための改善活動が推奨されました。筆者自身、様々な企業様に訪問し、改善活動を行ってまいりました。その際、業務改善や労働災害防止の市販のテキストを参考にしたところ、読み進むにつれて、「成人の若い日本人男性」のイラストが圧倒的に多いことに気づきました。要するに、従来の改善活動は画一的なものが多く、「ダイバーシティ」の観点が未だ脆弱であることを、テキストの構成から理解することに至りました。

労務を提供している多様な「ヒト(従業員)」の特性に配慮がされない改善活動では、業務上で傷病や疾病を発生させる従業員の増加が考えられます。その結果、企業にとっては内部資源である「ヒト」の確保が難しくなることが推察されます。

3.業務改善活動に、安全配慮義務の視点を

(1) 使用者に求められる安全配慮義務

労働契約法5条では、使用者(企業側)は、従業員の生命や身体等を危険から守り、安全に配慮する義務があることを規定しています。つまり、労働契約を締結することは、従業員の安全と健康を確保する責務が付随的に課せられていることになります。したがって、業務上の傷病や疾病(メンタルヘルス含)が発生した場合、従業員側から「企業に安全配慮義務違反があった」と言われると、民法上の債務不履行責任として損害賠償を請求されることがあります。過去の裁判例では、下記のようなケースがありました。

  • クリーニング工場で勤務していた障がい者の従業員が誤って大型洗濯機に巻き込まれて死亡したケースでは4500万円
  • 外国人材が作業中に片腕を切断したケースでは約9000万円
  • 長時間労働が原因でうつ病を発症し、女性従業員が自殺したケースでは約1億6千万円 など

いずれも、高額な損害賠償事件です。つまりは、安全配慮義務違反となると、内部資源の「ヒト」だけでなく、「カネ」や「モノ」に対しても影響が波及し、企業存続の危機に見舞われることが考えられるのです。

(2) 労働安全衛生法に規定されている3S活動及び改善活動

雇入れ時と作業内容変更時に義務付けられている「安全衛生教育」(労働安全衛生法59条)は、「作業手順」、「疾病予防」、「整理・整頓・清潔(いわゆる3S)」等、安全又は衛生のために必要な教育項目が8つあります。これらは、「業務効率化」を図る改善活動に通じる内容となっております。「ダイバーシティ」が進む中での今後の改善活動は、「業務効率化」を目的とするだけでなく、個々の「ヒト(従業員)」の特性に配慮した安全対策の取組みが必要であり、企業のリスクマネジメントの一貫として捉えることも重要です。

4.ダイバーシティの改善活動

ここからは、「ダイバーシティ」の労働環境下では、「ヒト(従業員)」の特性にどのような配慮を行えばよいのか、個別に考えていきます。

(1) 女性

労働基準法64条では、母体保護の観点から女性の「坑内業務」、「継続作業20kg以上、断続作業30kg以上の重量物取り扱い業務」、「有害ガスを発散する場所の業務」に就業制限を設けております。最近では、建設業や運送業等これまで女性が少なかった業種に、女性が進出しております。しかしながら、「令和元年労働災害発生状況」(厚労省)をみると、転倒災害の発生率は女性が男性よりも約1.6倍多く、重たい荷物の持ち運びによるバランスの崩れも、原因のひとつとして考えられます。

よって、女性従業員への配慮は、生物学的な男女の間にある身体の特徴や体力の「差」をカバーする道具や工具の改良、補助具・作業ロボット等の導入が安全や健康の確保に繋がります。

(2) 中高年齢者

労働安全衛生法第62条では、労働災害が中高年労働者等に発生の危険が多くなることから、中高年労働者等について労働災害防止の配慮、適正な配置を行うように努力義務が定められています。50歳以上の労働災害で多いのは、転倒、墜落、転落です。加齢による視力低下等の身体機能の変化によるところも多く、床のすべり止めや作業のしやすい照明の設置等、設備面の改善がまずは優先されます。また、従業員本人が身体的、心理的機能を測定し、自分自身の機能を把握しながら業務を行える組織作りも安全配慮に資すると言えます。

(3) 外国人材

外国人労働者の休業4日以上の死傷者数は、2011年の1,239人から2018年には2,847人と、10年経たない期間に2倍以上のスピードで増加しています。原因としては、職場内の労働災害防止の掲示物や、事故時の退避の際の簡単な日本語の声掛けや合図が理解できないことが考えられています。法務省による「在留外国人統計」によると、就労できる外国人材のうち約35%が技能実習生であり、その多くは従来から労働災害の多かった製造業、建設業で働いております。また、近年は腰痛の労働災害が多い介護職への外国人材の活用が加速しております。

よって、外国人材に対する配慮は、イラストや写真、動画等を活用した多言語でのマニュアル作成や、道具等の名前、「逃げろ」、「避けろ」といった簡単な日本語の言葉を企業側が事前にリストアップし、迅速かつ適切な行動ができるよう、日本人以上に安全訓練を繰り返し行うことが重要です。

(4) 障がい者等

ハンディキャップの種類によっては、見た目だけではどのような配慮が必要なのか、把握できない場合があります。障がい者一人ひとりの特徴や状態、職場環境によって、個別性の高い改善活動が必要となります。これは「合理的配慮」と言って、我が国では障害者差別解消法や改正障害者雇用促進法において、企業側に提供義務が課されています。

よって、まずは従業員と企業側が、相互に配慮すべき事項のすり合わせを行い、能力が発揮しやすい道具や設備等の改善が必要です。同時に、一緒に働く職場の仲間たちにも互いの特性や配慮すべき事項を情報共有し、職場全体でフォローしていく体制の構築が最優先事項となります。

(5) その他:コロナ禍の対応

コロナ禍におけるテレワークの導入が進んでいる中、テレワーク中の労働災害防止対策もしっかりと事前に社内で共有しておきましょう。テレワークの改善活動は、これまでの職場で、同僚たちとチームで行っていた改善活動とは異なり、従業員がひとりで実践出来るよう工夫が求められます。メール等を活用し、定期的に椅子から立ち上がるタイミングを告知したり、腰痛予防体操の動画配信、パソコン機器の配線等でケガをしないよう束ねる方法の伝授等、こまめに注意喚起を行うことが必要でしょう。

5.まとめ

雇用の「ダイバーシティ」は、様々な特性がモザイク状に絡み合っております。例えば、介護業では外国人材の活用が増えておりますが、その多くは「女性」であり、場合によっては40歳代以上の者もいます。そうなると、「女性」×「外国人材」×「中高年齢者」といった具合に、「ヒト(従業員)」の特性を掛け合わせた多面的な改善活動を行う必要があります。複雑な労働環境を形成しつつある今日、アフターコロナの時代に生き残るためには企業リスクの低減が重要です。このコラムをきっかけに、「ダイバーシティ」の改善活動に着手して頂くことを、ぜひおススメ致します。

【参考文献等】
・安西愈著『労災裁判例にみる労働者の過失相殺』(労働調査会,2019)
・安西愈監修『労災裁判例にみる安全配慮義務の実務』(中央労働災害防止協会編,2019)
・厚生労働省「労働者死傷病報告書」2011年~2020年
・労働災害防止協会「高年齢者労働者の活躍促進のための安全衛生対策」(平成29年)
・厚生労働省ホームぺージ「外国人労働者の安全衛生対策について」他

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