よりよい採用戦略のポイント~マーケティングとダイバーシティの視点から

中小企業診断士、JDIO認定ダイバーシティ・コンサルタント 湯浅 尚子

Ⅰ.はじめに

貴社は今、採用にお困りではありませんか。ベテラン社員の高齢化や、効果の上がらない人材紹介エージェントの利用、すぐに辞めてしまう人材など、業種・職種に多少の違いはあっても、採用に苦戦しておられる企業様が多いと思います。しかし一方で、採用には全く困っていない、募集を出せばすぐに応募が殺到する、という企業様がおられるのも事実です。今月は、そのような企業様の取組みの傾向をみながら、中小企業にとっての採用戦略について、マーケティングやダイバーシティの観点からお伝えしていきます。

Ⅱ.好事例 ~日崎工業株式会社の場合~

先日、川崎区大川町にある日崎工業株式会社[*1](以下日崎様と省略)を訪問する機会をいただきました。日崎様はオーダーサインやイベント造作の企画・設計・製作・施工をされています。第129回かわさき起業家オーディションで川崎中小企業診断士会応援賞に見事輝かれました。

日崎様のオフィスは1階工場の上に位置しています。オフィス入口までの階段の蹴込板一段一段には行動指針を表わす漢字一文字と英単語(挑 Challengeなど)が表示されています。これは社員の方々がオフィスに入る度に行動指針を意識できる取組みです。インターフォンを押すとデザイン性の高いデニム生地の制服を着た若い社員の方が案内してくださいました。1階の工場では最新の大型機械が稼働し、社員の方が集中して作業をされている遠くで、作業効率が上がるような邦楽が流れていました。既成概念にとらわれない格好いい制服や元気の出る音楽は社員一人一人のモチベーションを上げる取組みです。社員の皆さんは笑顔で挨拶をし、作っているものについて嬉しそうに説明してくださいました。

三瓶社長に採用状況を伺うと、採用には全く困っておらず募集を掛ければ全国から申込が殺到する状態とのことでした。ところがこのような日崎様にも人材確保が大きな課題だった時期があったといいます。課題解決に向け理念経営へ転換し、働く社員一人一人のビジョンを第一と考えたそうです[*2]。本当に幸せな働き方がどの様な形なのかを追求し、目の前の社員の個別事情を考慮した取組みを続けています。日々改善しながら、持続可能な未来の夢を描ける企業への改革を一歩ずつ進めていかれています。その結果、社員一人一人が自分の会社や仕事に誇りを持って生き生きと働き、愛社心が高く、各自のパフォーマンスを発揮しやすい組織風土が醸成されていると感じました。川崎市生産性向上・働き方改革推進事業者認定、かわさき☆えるぼし認証、かながわ治療と仕事の両立推進企業ゴールド企業など多くの認定を受けており、企業のブランド力は向上しています。「社会的に持続可能で、全社員が永続的に幸福を実感できる企業」という日崎様が目指す方向[*3]に着々と近づきつつあります。

Ⅲ.よりよい採用のポイント:マーケティングとダイバーシティの視点で考える

では、日崎様のように求める人材に貴社が選ばれるようになるにはどうしたらよいのでしょうか。マーケティングの切り口にダイバーシティの視点を加味して考えてみます。

1.「誰に」 求める人材の姿を明確に

どんな人を採用したいのかを明確にするため、まずは業務の洗い出し・細分化をしてみましょう。これまで一緒くたに求人していた人材像を複数人材に分けられないか検討するためです。例えば資格取得者だけでなく、受験生、科目合格者、士補などレベルを分けます。そして求人票を複数枚に増やします。ハローワークへの求人であればお金をかけずに複数枚の求人票を提出でき、枚数が増えた分貴社の露出を増やせます。求職者にとっても「自分に向けられた求人票だ」と心に刺さりやすくなります。業務の洗い出し・細分化が難しい場合には、既存のツール、例えば厚生労働省が公開している「職業能力評価基準」の「能力ユニット」を使うのも有効です[*4]。

またどんなマインドを持った人材が相応しいか考えましょう。これには8つのキャリア・アンカーが参考になります[*5]。なぜなら転職者は、キャリアを改めて選択するに当たり自分のキャリア・アンカーに立ち返ることになるからです。私は現在、女子短期大学生にキャリアデザインの講義をしておりますが、キャリア・アンカーは就職を控えた学生の関心が高いテーマのひとつです。

2.「何を」 一人一人が大事にされていると感じられる職場環境を

① 人を大事にする職場には優秀な人材が集まる

日崎様のような社員一人一人の人生を中長期的に大事にする企業様には優秀な人材が集まります。なぜなら求職者は、自分が人生の主役として主体的に長く働き続けられる職場を探しているからです。どんな社員にも長い人生様々な出来事が降りかかってきます。例えば女性には夫の転勤、不妊治療、出産や育児、親の介護などが、男性にも育児や自分の病気、親の介護などが突如やってきます。それらは長時間労働や終身雇用を前提とした働き方を困難にします。その結果職場で肩身の狭い思いをされている方がほとんどではないでしょうか。しかしふと考えます。自分は何も悪いことをしていないのになぜ肩身の狭い思いをしなくてはならないのか、と。そんな中、一人一人の生活様式、価値観、働き方などの多様性をお互いに受け入れ協力し合うような職場があれば転職したくなるのではないでしょうか。自分の家庭の事情を安心してさらけ出し社内で気兼ねなく発言できれば、心理的安全性が高まり[*6]会社への貢献意欲が高まります。さらにいえば多様な価値観同士が化学反応を起こし、経営革新につながることも期待できます。貴社には是非一人一人の人生を大事にする職場環境の整備を進めていただきたいです。

② 具体的な取組み

それでは目下の課題である採用戦略では何をすべきでしょうか。まず全社員に貴社のいいところについてアンケートを取りましょう。社員が何に働き甲斐を感じているのかが見えてきます。それは求職者に対してもすぐにでも提供できる貴社ならではの価値です。求人票やHPで積極的にアピールしましょう。特にHPでは生き生きと働いている社員の方々の笑顔の写真を載せましょう。

また求職者に合わせた職場環境の整備を進めましょう。他県からの求職者には寮を用意する、育児中の女性や夜間学校に通いたい求職者には短時間勤務制度を整備する、人口の8.9%と言われているLGBTQの方にはトイレを整備したり偏見を取り除く社内研修をしておく等です。このように受け入れ態勢を万全にすれば、求職者は自分が大事にされそうだと期待し、経営者に信頼感を抱いてくれます。

3.「どのように」 採用したい人材に効果的にアプローチし、求職者視点でアピールする

採用したい人材がいるところに直接アプローチしましょう。専門学校にリクルートをしに行く、職業能力開発促進センターや職業技術校に求人票を出すなどです。LGBTQの方に関しては、LGBT求人サイト「ジョブレインボー」などがありますのでご参照ください[*7]。

求人票の記載方法として、求職者が何を求めているかの視点で貴社の強み・差別化ポイントをアピールできれば、求職者にとって心に刺さるメッセージとなります。求職者が現在の職場に持つ不満は貴社こそが解消できるということをアピールしてください。

Ⅳ.中小企業だからこそ目の前の社員を大事にできる

中小企業には目の前の社員を辞めさせたくない、目の前の人材を採用したい、という切実な課題が常にあります。目の前の社員の事情に合わせた制度をまず作る。他の社員にも使えるように改善していく。結果として全社員が長い人生の中で遭遇する様々な障壁に対応できる制度が整備された職場となっていくのです。

人生100年時代と言われる今、これまでの昭和的な長時間労働や終身雇用への幻想は崩壊し、自分に合った働き方を求め転職が普通の時代になりつつあります。貴社には是非この流れに乗って優秀な人材を確保していただきたいです。


*1 https://www.hizaki.jp/
*2 https://kawasaki-seisansei.com/pdfs/hyousyou19_02.pdf
*3 https://www.city.kawasaki.jp/280/cmsfiles/contents/0000111/111856/13_hizaki.pdf
*4 厚労省のHPで公開されている「職業能力評価基準」は仕事をこなすために必要な「知識」と「技術・技能」に加え、「成果につながる職務行動例(思考や行動特性)」を、業種・職種・職務別に整理したものです。すべての業種・職種を網羅しているわけではないので、貴社に近い業種・職種の「能力ユニット」を参考にしてみてください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04653.html
*5 キャリア・アンカーとはアメリカの組織心理学者シャイン氏が提唱した考えで、個人がキャリアを選択する際にどうしても犠牲にできないという価値観・自分軸を「専門・職能志向」「全般管理志向」「自律・独立志向」「保障・安定志向」「起業家的創造性志向」「奉仕・社会貢献志向」「純粋な挑戦志向」「生活様式(ライフスタイル) 志向」の8つに分類したものです。
*6 心理的安全性を担保できるか否かが生産性向上のカギであると米グーグル社が報告しています。
*7 https://jobrainbow.jp/information/business

関連記事

Change Language

会員専用ページ

ページ上部へ戻る