中小企業の事業承継円滑化に向けたBCP視点の有効活用
- 2025/5/4
- トピックス

~事業承継の準備とBCPのメリットのいいとこ取り~
中小企業診断士 金子 康彦
日本の中小企業にとって、事業承継は喫緊の課題で、円滑な実現により、貴重な技術や雇用、地域経済を維持していくことが極めて重要です 。しかしながら、そのための事前準備の多くは先代とのOJTが主であり、体系的な引継ぎや準備が不十分な面も見られます 。(中小企業白書2021)

1.BCP(事業継続計画)とは
事業承継の準備として、中小企業側にもメリットが多い(事業継続計画)の視点の有効活用を以下、推奨させていただきます。
1) BCPと事業承継との関連
事業承継と事業継続力強化計画は「企業活動の継続支援」という意味では同じであり、国においても、令和元年7月に「中小企業強靭化法」が施行され、両事業を一体的に支援しており、そもそも親和性が高い。BCPは自然災害やパンデミックなどの予期せぬ事態が発生した際に、事業の中断を最小限に抑え、早期の復旧を図るための戦略で、リスクを特定し、その影響を軽減するための計画を策定することで、企業の事業継続性を高めることができます。
2)BCP(事業継続計画)とは
事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)とは、企業が自然災害、感染症、システム障害、事故、事件など、事業活動を中断させる可能性のある緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のことです。BCPが単なる防災対策と異なり、「事業の継続」を目的とし、事業の中断を最小限に抑え、早期の事業再開を実現することを具体的な行動指針としていることです。
2.BCPの構成と進め方
効果的なBCPをするために以下の主要な構成要素を考慮する必要があります。
1)基本方針: BCPの策定・運用における基本的な考え方や目標を明確にする
2)リスクアセスメント: 事業継続を脅かす可能性のあるリスク(自然災害、感染症、システム障害、サプライチェーン棄損等)を特定し、その発生頻度や事業への影響度を評価する
3)事業影響度分析(BIA:Business Impact Analysis): 中断した場合に事業に与える影響が大きい重要な業務プロセスを特定し、目標復旧時間(RTO:Recovery Time Objective)を設定する
4)事業継続戦略: リスクアセスメントと事業影響度分析の結果に基づき、事業中断時でも重要な業務を継続または早期に復旧するための具体的な戦略を策定する(代替手段の確保、拠点の分散、人員の確保など)
5)事業継続計画: 事業継続戦略を実行するための具体的な手順や体制、役割分担、連絡体制などを明確に定める
6)資源計画: 事業継続に必要な経営資源(人員、設備、資金、情報など)を確保するための計画を策定する
7)訓練・演習: 策定したBCPの実効性を検証し、改善点を見つけるために、定期的に訓練やシミュレーションを実施する
8)見直し・改善: 社会情勢や事業環境の変化、訓練の結果などを踏まえ、BCPを定期的に見直し、改善していく
3.事業承継におけるBCPの活用方法
事業承継は、経営者という重要な経営資源の交代を伴うため、事業継続の観点からは大きなリスク要因となり得ます。BCPの視点を事業承継プロセスに積極的に取り入れることで、潜在的なリスクを洗い出し、事業の安定的な承継と継続を図ることが可能となります。
事業承継の各段階におけるBCPの活用
①準備段階(承継の必要性の認識、経営状況の把握)
BCPリスクアセスメントの手法を用いることで、現経営者の高齢化や健康状態、後継者不在といった事業承継を遅らせるリスクを明確に認識することができます。また、事業影響度分析(BIA)を通じて、現経営者が持つ暗黙知や重要な業務プロセスを特定し、後継者への承継に向けた準備の必要性を認識することができます 。
②計画段階(後継者の選定・育成、承継計画の策定)
BCPの事業継続計画策定プロセスは、後継者へのスムーズな業務移管計画を策定する上で役立ちます。重要な業務プロセスを特定し、その継続に必要な資源(人員、設備、情報など)を明確にすることで、後継者が事業を引き継ぐために必要な準備を具体的に計画することができます。また、リスクアセスメントを通じて、後継者の経験不足や経営能力への不安といった承継特有のリスクを特定し、それに対応するための育成計画や引継ぎ期間を設定することができます。
③実行段階(経営権の移行、資産の移転)
BCPの事業継続計画は、実際に経営権を後継者に移行する際の手順や役割分担を明確にできます。緊急時の連絡体制や意思決定プロセスを事前に定めておくことで、混乱を最小限に抑え、スムーズな移行を実現することができます 。また、予期せぬ事態(現経営者の急な体調不良など)が発生した場合でも、BCPに基づいて迅速に対応し、事業の中断を防ぐことができます。
④承継後安定化段階 承継後も、BCPの定期的な見直しと改善のプロセスを継続することで、新たな経営体制下での事業継続性を確保することができます。市場の変化や新たなリスクに対応するために、BCPを常に最新の状態に保つことが重要です。また、後継者が主導してBCPの運用を行うことは、後継者の経営能力の向上にもつながります 。
4.事業承継におけるBCP活用の有効性の整理
表1 事業承継におけるBCP活用の有効性の整理

5.BCPの視点を事業承継に活用することで得られるメリット
BCPの視点を事業承継に取り入れることは、多くの具体的なメリットをもたらし、より円滑で強靭な事業承継の実現に貢献します 。
1)事業承継計画策定等の事前準備に活用できる
2)緊急事態への対応力が高まる
3)事業継続性と強靭性の向上
4)顧客・金融機関からの信用度向上
5)税制優遇などの公的支援が受けられる
事業継続力強化計画を作成して経済産業大臣の認定を受けた中小企業は、税制優遇などの公的支援が受けられます。
①低利融資、信用保証枠の拡大等の金融支援
・日本政策金融公庫による低利融資
・中小企業信用保険法の特例
・中小企業投資育成株式会社法の特例
・日本政策金融公庫によるスタンドバイ・クレジット
②防災・減災設備に対する税制措置
③補助金(ものづくり補助金等)の加点
④自社のブランディング
・中小企業庁HPでの認定を受けた企業の公表
・認定企業ロゴマーク
6.まとめ
上記の通り、BCPは本来、自然災害やパンデミックなどの緊急事態における事業継続を目的とした計画ですが、その基本的な考え方や構成要素は、事業承継という経営体制の大きな変化においても非常に有効です。リスクアセスメントを通じて事業承継における潜在的なリスクを特定し、事業影響度分析によって承継において特に重要な業務を明確にすることができます。そして、事業継続戦略に基づき、後継者へのスムーズな業務移管計画や緊急時の対応策を策定することで、事業承継の成功率を高めることができます。また、日々のBCP活動が事業承継の準備に繋がり、2次効果として税制優遇等の大きなメリットも享受できる、まさにいいとこ取りです。
