社長、その輸出、本当にするんですか?

中小企業診断士 矢野 惠一

1.自己紹介

1983年、総合商社に入社。繊維本部に配属され衣料品の貿易及び海外事業に従事。この間、合計17年間は中国各地に駐在。10年前に独立し自ら貿易仲介業を立上げ、国内外の事業者様の販路開拓を御支援。

2.最近よく耳にする話

「あの会社、だいぶヤバかったけど、輸出で何とか持ち直したらしいよ」とか、「ニュースでも『円安の時代こそ、輸出を!』って言ってるから、ウチも何とかしなきゃ」なんて言うお話を最近よく耳にします。

3.そんなに甘くないですよ

「それじゃぁ、ウチのアノ商品、これまで余り売れてないけど、海外向けなら大丈夫かな、売れるかな?」 社長、輸出って、そんなに甘くないですよ!

4.為替レートの変動リスク

下に掲げるグラフ1は2000年から2025年11月までの日本円/米ドルの年間平均レート(仲値)の推移です。確かに2022年頃から急激な円安となっています。しかしその前の5~6年は凡そ110円/ドルで推移していましたし(現在より約27%円高)、2009年~2013年は100円/ドル以下でした(2011年、12年頃は約80円/ドル、現在より約47%円高)。

150円/ドルなら、10,000ドルで輸出契約した商品の邦貨売上高は1,500,000円、しかし契約時は150円でも実際の代金回収時に一気に100円まで円高になってしまっていたら、邦貨売上高は1,000,000円。何もヘンな事はしてないのに、売上高がいきなり500,000円も減っちゃいました。


これは決して大袈裟な例え話ではありませんよ。上に掲げるグラフ2は3年前の2022年の月間平均レート(仲値)の推移です。1月の平均レートは114.85円でしたが、その後、一気に円安が進み10月の平均レートは147.01円、10ヵ月で32.16円も円安となりました。当然の事ながら、円安になる事があれば円高になる事もあります。

5.取引の信用リスク

「あのさぁ、『T/T within 15 days after Buyer’s acceptanceって、15日後に支払う』って事だよね?」
確かに15日後の支払ですけど、基準となるのは『買主の検収』からですよ。品質とか数量とかの条件はどの様に決められましたか?
「いやいや、オンラインでの打合せしかしてないけど、ちゃんとAIが翻訳してくれてたし、メールのやりとりも翻訳ソフトを使ってたし、大丈夫だったよ。」
あのぉ、どうやって買主を見つけたんですか?
「え~と、ちゃんとしたマッチングサイトで見つけた相手だし、コンサルの先生もこのサイトなら大丈夫って言ってたし…。」
えっ、それじゃぁ、相手の会社の人とは誰とも会った事が無いんですか?
「まぁ、会った処で言葉も通じないしさぁ…。」

6.社長、輸出をするなら、それなりの準備が必要です

社長、日本で初めてのお客様にモノを売る時、相手の会社の人と誰とも会わずに、況や相手の会社の内容も調べないで売ったりしますか? 品質や数量条件、そして支払条件など、きちんと事前に確認しますよね?
輸出って言うのは、外国にモノを売って代金を回収する事です。そこには言葉の違い以上に文化の違いがあるんです。お互いに『違う』って事を良く認識し合って、国内のお客さん以上に相手を理解して、信頼していなければキビシイですよ。
輸出するには会社としての『それなりの準備』、社長としての『それなりの覚悟』が無ければ失敗しますよ・・・。

7.異なる言葉、文化

品質、特にスペックでは表せない感覚的な内容は、お互いの文化の違いから良くモメます。事前に見本などでしっかり確認しておきましょう。
世界中で日本人は「時間に正確だ」と言われています。と言う事は、日本以外の世界中の人々は日本人ほど「時間には正確ではない」と言う事です。相手次第ではありますが、大事な資料の提出期限であっても遅れる事が起こります。
でも、支払に関しては期日までに支払が無ければ『即刻』督促しましょう。浅ましい事でもありませんし、大目に見てもいけません。ひょっとしたら相手側が意図的に遅らせ、こちらの出方を窺っているのかも知れません。支払に関してだけは『断固とした対応』が必要です。

日本以外の多くの国では価格交渉はゲーム感覚なのかも知れません。社長が相手の事を慮って提示した価格を平気で叩いてくるかも知れません。でも、決して怒ってはいけません、笑って「No!!」と突き返しましょう。
処で社長、現在、輸出を検討している相手の国の事、どれだけ調べられましたか? その国の事を好きになれそうですか、その国の料理を食べたいですか? 若しどうしても無理でしたら、早めに相手国・相手市場を変えた方が良いかも知れません。契約が成立し、相手先に出張し食事に招かれ自慢料理が運ばれてきました。でも、それは見た事も無いシロモノで・・・。若し「えっ、これはちょっとぉ…」と箸(フォークとナイフ)を着けなかったら、相手のメンツは丸潰れ、一気に嫌われ信頼も得られません。

8.事前の準備

モノ、日本で良く売れている自信作で勝負しましょう。日本で売れない商品は海外でも売れません。相手から「コノ商品、貴国デハ、ドレダケ売レテイマスカ?」と訊かれ、「ハイ、良ク売レテイマス」と実績資料を提出できますか?
カネ、展示会の出展費用、見本の提供、相手先への出張など、輸出取引では契約までに色々と経費が掛かります。ここで余りケチな事を言うと社員がやる気を無くしますよ。
ヒト、これが一番肝心です。貴社の営業部門には新しい事業を始められるだけの余力がありますか? 海外ビジネスに慣れている社員・英語で商談のできる社員はいらっしゃいますか? 若しいらっしゃらないのなら、無理をせず商社経由の間接輸出も検討しましょう。

9.直接か間接か

直接輸出とは商社に仲介を求めず、直接海外の相手先と交渉し、商品を受渡し、代金を回収するものです。商社を起用しないので商社への口銭支払も不要です。それ以上に、直接相手先や相手市場と接触できるので、よりナマの情報が得られます。
しかし海外の相手先から直接、外貨で代金を回収する場合には上述の『為替レート変動のリスク』が発生します。これを回避するには、必ず事前に取引のある金融機関で『為替予約』の契約が締結できるか確認して来て下さい。社長の会社の状況と金融機関の体制により締結の可否、締結時の条件が異なります。
また『取引の信用リスク』に付いても、相手先から『信用状(L/C, Letter of Credit)』を取付けられれば、ある程度は回避できます。但し、相手先の状況によっては相手先の取引銀行がL/C開設を拒否する事もありますし、開設できた場合、相手先はL/C開設費用を負担しなければなりません。
更に海外ビジネスに経験ある専任者が必要で、新たに採用した場合、人件費も増えますが、それ以上に『使えないヤツ』と気付いても、商社の起用とは違うので、直ぐには辞めさせられません。
間接輸出とは商社経由で海外の相手と交渉、しかし多くの場合、商品の受渡は商社へ、代金の回収も商社からとなります。相手先との接触機会は直接輸出より減りますが、商品の受渡や代金の回収は通常の国内取引と同じですので、リスクも減ります。
また海外ビジネスに経験ある専任者も不要です。起用する商社に付いては、長い付き合いとなるので、複数社と接触してから慎重に選びましょう。しかしその後、『やっぱり気に入らない』となった場合は、さっさと別の商社に切り替えましょう。
直接輸出にせよ、間接輸出にせよ、どちらを選択するかは社長の会社の状況と社長のお考え次第です。

10.さいごに

直接輸出を選ぶなら必ず、間接輸出を選ぶ場合でも出来る限り、経験豊かな専門家を起用する事をお勧めします。
いつでも社長の相談に乗ってくれ、理屈だけじゃなく、本気で一緒に動いてくれる専門家と巡り合える事を祈念申し上げます。

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