米中貿易戦争と国際貿易規律の健全化への期待

    市川 南

米中間の貿易戦争がエスカレートし、米中対決が深刻だ。 ことは、昨年3月に米国が、中国の知的財産権侵害に対する制裁措置を発動すると発表したたことに始まる。 同年7月に340億ドル、8月に160億ドル、11月からは第3弾の極め付き2000億ドルの追加関税が発動されたことで、米国からみた制裁関税規模は対中総輸入額の半分近くの2500億ドルに達する。 対抗する中国も、相応の対抗関税で応じてきたが、大幅な対米輸出超過中国として、関税引き上げ合戦で息切れの模様だ。

足元をみる米国は、「中国の『不公正貿易』の是正措置が不十分であれば、追加関税の2000億ドル分の制裁税率10%を25%に引き上げる」、「それでも対応が不十分であれば、全貿易に制裁関税を広げる」と、第4弾、第5弾の追加関税を突き付けて、中国に強烈な圧力をかける。米議会も、今や与野党を問わず対中強硬論が大勢のようではあるが、中国のみならず米側でもジワジワと各方面の実体経済に悪影響がでているようであり、当面の交渉の長期化は双方とも避けたいところではないか。

このような中、昨年12月のG20に際した米中首脳会談で、90日間の休戦期間が与えられたが、この3月1日には期限が到来する。 ここで、どのような決着を見るか、世界の耳目を集めている。 米国が中国に突き付けるのは、知的財産権の窃取の取り締まり、技術移転の供用、ハイテクに対する国の補助金の廃止など、中国の「不正な」貿易慣行の是正という、大難問だ。

おまけに、習近平政権発足来、鄧小平の「改革開放政策」以来の「養光韜晦」をかなぐり捨て、「中国製造2025」に明らかなように、近い将来の世界の製造大国を目指すような、「覇権志向」とハイテク技術分野での急速な追い上げによる、米中逆転への切羽詰まる危機感と安全保障がある。

また、受ける側の中国はといえば、不良債権、過剰生産、資産バブルなどこれまでの急成長の歪が累積したことによる不安定な国内経済の立て直しの最中でもあり、貿易産業体制の後退につながる安易な妥協は、産業政策的にも、習近平体制としても著しく困難と思える。 現在、真摯な米中協議が重ねられているようだが、こと知的財産権など体制問題については、先送り以上の決着は困難との見方が大勢だ。

日本にとっても中国の貿易慣行の健全化自体は、基本的に、米国と利害を共通するが、少なくとも足元では世界のサプライチェーンが複雑化する中、日本企業にとって少なからざる影響が懸念される。 このような危うい展望にある米中貿易ではあるが、日本にとって明るい材料がないでもない。

すなわち、中国を巻き込むWTO(世界貿易機構)改革への動き、そして米国抜きで発足したTPP11(環太平洋連携協定)の地理的拡大など、国際貿易ルールの健全化に向けた国際的な動きが、この貿易戦争を引き金にうねりをなして動きだす機運にあることだ。

ここで、近未来に起こるべきこの面の成り行きを簡単に展望してみたい。WTOは、国際貿易ルールの取決め、監視等を目的とする、164の国・地域からなる国際貿易機構だが、現状、知的財産権の保護、市場アクセスの提供など西側諸国が問題とする改革課題を解決できず、深刻な機能不全に陥っている。

トランプ大統領は度重ねて「WTOの抜本的改革無しには、脱退する」との意向を仄めかせる。 昨年11月には日米欧貿易担当相がWTO改革案を共同提案することを合意し、貿易戦争火中で落とし前作りに苦悩する中国もWTO改革に協力する姿勢を表明している。

そこで、中国、インドなどこれまで「抵抗勢力」であった多くの新興国側の妥協で、WTO改革に向け実のある前進が期待されるところだが、実のところは、知的財産権、貿易慣行等の厳格な貿易規律を盛り込んだ合意に漕ぎつけるのは、容易ではない。

ところで、2017年1月のトランプ大統領誕生直後のこと、何と米国自ら主導して足掛け5年をかけて漸く纏め上げたTPPから脱退したのだが、実はこのTPPこそ、米国が中国に強く求めている知的財産権、市場アクセス、国家貿易など高い水準の貿易規律を協定で要求している。

もしも、TPPが世界に多数の参加国を得て高いカバー率で普及すれば、WTO改革と同じ、強力な改善圧力となるものだ。昨年12月には、米国抜きの11か国によるTPPが発足したが、その後も乗り遅れまいとする韓国、タイ、台湾、英国など、新規参加の打診が高まっている。 実は、最大の貿易国である米国でも、当のトランプ大統領が昨年4月、復帰可能性の検討を事務方に指示したことが報道される。

トランプ大統領の想定外の強硬策により、西側諸国に波及する「中国脅威論」が、拡散することで、厳格な国際貿易ルールを是認する国・地域が大同団結して、WTO改革交渉に始まって、行きつくところTPPを核とした巨大自由貿易地域に発展するというシナリオも、決して初夢のことではない。

今、国際貿易ルールの健全化への世界の潮流の盛り上がりに目が離せない。

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