デービット・アトキンソン氏の主張

中小企業診断士 小林 隆

Ⅰ. 初めに

デービッド・アトキンソン氏を知ったのは、数年前、某企業の講演会である。斬新な切り口での分析が強く印象に残っており、特に「日本のGDPが世界第3位なのは人口が多いから。一人当たりでみると28位でしかない」との主張が印象に残っている。その後も、同氏が安倍政権に一定の影響を及ぼしている様に思えたのでフォローしてきたが、菅政権では正式に成長戦略会議のメンバーに就任したので、更なる発言力を持つものと推察される。ここでは、同氏の主張する「中小企業施策」を紹介するとともに、それに関する私見を述べたい。

なお、文中で『』は、文末に示す同氏の著書からの原文の引用である。

Ⅱ. 同氏の主張

同氏の論点の道筋を私なりに解釈すると、以下の通りである。

  1. 今後、日本の生産年齢人口が急減する一方で、高齢者人口比率並びに社会保障費は増大し、個人消費は低迷する。また政府の債務も膨らむ一方で、これらを負担するためには生産年齢人口減少の環境下でGDPを成長させる必要がある。
  2. そのためには、生産年齢人口減を上回る生産性の向上が必要となる。ここで、生産性とは企業活動で生じる付加価値、すなわち一人当たりのGDPを意味する。
  3. ところが、生産性はOECD加盟国で28位と下位に位置している。この主な原因は、日本は中小企業が多すぎることにある。4)
  4. 企業規模が小さいと、「規模の利益」が働かないので「明日への投資」ができず、成長する余地が少ない。また、経済成長の必要条件である「最低賃金の引上げ」に耐えられない可能性が大きい。一方、生産年齢人口が減少するので、小規模企業は労働者の確保が一層難しくなる。
  5. 規模の小さい企業が多数を占めているのは、政府が過剰に保護しているからである。小さいことで受けられる特典が多いので、敢えて企業を成長させないインセンテイブが働いている。
  6. こうした優遇施策を撤廃するとともに、最低賃金を上げることで、小規模企業が統廃合されて企業規模が大きくなり、生産性向上を実現でき、増大する社会保障費や政府債務に対応できる。これは政府主導で行うべき施策である。

Ⅲ. 私なりの解釈

1.~3.に関しては、同氏は定量的、普遍的な科学的データに基づいて議論を展開している。

こうした主張をすると日本人の反応は、『~「文化の違い」「西洋の価値観の押しつけ」「日本型資本主義と西洋資本主義の違い」とする抵抗勢力にぶつかりました。』1)とのことである。これに対し、『経済においては「日本も普通の国」であり「経済に国籍はない」のは紛れもない事実で、議論の余地はありません』1) と同氏は反論している。

欧米の一般的な経営感覚は、普遍性、客観性を重視し、定量的データをベースに経営判断する傾向が強い。これに対し、日本は資本主義を日本向けにカスタマイズして導入し、日本の固有文化と融合させて発展してきた経緯がある。その結果としての独自性は、ある面で日本の強みではあるが、一方でガラケーに固執していつの間にか情報通信の分野(スマホや5G)で後れを取ったことを踏まえると、同氏の主張にもっと耳を傾ける必要はあると思う。

定量的な分析で日本経済を見直してみると、確かに常識が覆される。例えば、日本は「貿易立国」と言われるが、2016年の輸出額/GDPは、OECD加盟国中、日本は少ない方から2番目(16%)、最も低いのは米国で11%、OECD加盟国平均:28% である。5) 日本経済は国内市場に依存しており、人口が減る即ち国内市場が縮小する方向にあるため、更に輸出を増やす必要があることになる。

なお、同氏は当初は「中小企業」と一括りにしていたが、最近は「小規模企業」と「中堅企業」に明確に区別し、課題は前者にあり「小規模」を「中堅」に成長させることが鍵としている7)

4.最低賃金の議論は、少しわかりにくいと思う。従来は「生産性が増えて利益が増加することで賃上げの原資ができる」「現状の売上、総人件費の状況で賃上げすれば従業員を解雇せざるをえない」とか、「最低賃金は生計費+αで決定すべき」というコストベースの考え方が主流だったと思う。しかるに、同氏の考え方は異なり、賃金と生産性には因果関係があり、「賃金を上げるとイノベーションが起きて生産性が高まる」と主張する。8) 同氏曰く『「賃上げをすれば会社が倒産する」という考え方をしている時点で、残念ながら経営者としての資質がありません』『成長という視点がごっそり抜け落ちているのです』『低賃金に依存した企業は、日本社会にとっても労働者にとってもマイナスでしかないのです。人手不足下でもあり、倒産をしてくれた方がありがたいくらいなのです。』2)

6.に関しては、成長戦略会議で具体的な数字として「中小企業の定義拡大 全業種500人 1億円資本規制の撤廃」を主張している。6)

Ⅳ. まとめ

成長戦略会議で述べる同氏の意見がどこまで反映されるかは定かではないが、例えば菅総理は11月6日の参院予算委員会で、「小規模事業者の淘汰ではなく、中堅企業に成長して海外で競争できる企業を増やすことは重要だ」と答弁していることからみても、経営者や我々診断士はそれに応じた対策を練る必要があるのではないだろうか。

参考文献

1)新・生産性国富論 2018年3月 東洋経済新報社
2)国運の分岐点 2019年9月 講談社
3)イギリス人アナリストだから分かった日本の「強み」「弱み」 2015年6月 講談社
4)https://data.oecd.org/gdp/gross-domestic-product-gdp.htm
5)https://data.oecd.org/trade/trade-in-goods-and-services.htm
6)成長戦略会議(第1回)配付資料 令和2年10月16日 資料6
7)成長戦略会議(第2回)配付資料 令和2年11月6日 資料6
8)成長戦略会議(第4回)配付資料 令和2年11月19日 資料4

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