中小企業における小さなイノベーションへのチャレンジ

中小企業診断士 金子 康彦

1.はじめに

政府は、5月8日から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について感染症法上の「新型インフルエンザ等感染症」に該当しないものとし、「5類感染症」に位置づけることとした[i]。これは、ワクチンや医療の体制の進展・浸透により、政府では、新型コロナウイルス感染症について、感染症法に基づく私権制限に見合った「国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれ」がある状態とは考えられないとの判断に基づいている。このことは、社会経済活動・行動の制限を完全撤廃し、それまでの経済活動の維持から正常化へのアクセルを加速化することである。

企業活動においては、新型コロナウイルス感染症による社会変容・行動変容やそれらに伴う価値変容を捉えた事業・サービス提供が必須である。 

当webサイト、2021年4月の診断士の視点:「ISO視点の製品・サービス開発のアプローチ:従前・現在・アフターコロナ」[ii]において記したが、ISO9001:2015版では、製品・サービスを通じて顧客に価値を提供するには、顧客が何を欲しているかが重要であることを明確にした後、それを得るために顧客とのコミュニケーションが必要であることを示している。また、ユーザー視点でのニーズ掘り起こし、開拓手法としての「デザイン思考」など新しい価値を提案し、これらを喚起するイノベーションを如何に創出するかの取組でとして「ISO56002」を示した。

2.イノベーションの定義

ISO56002を踏まえた手引書として作成された「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針[iii] 」では、イノベーションを以下の様に定義している。

イノベーションとは、研究開発活動にとどまらず、

① 社会・顧客の課題解決につながる革新的な手法(技術・アイデア)で新たな価値
 (製品・サービス)を創造し
② 社会・顧客への普及・浸透を通じて
③ ビジネス上の対価(キャッシュ)を獲得する一連の活動を「イノベーション」と呼ぶ

3.中小企業におけるイノベーションとは

ISO56002も経産省が主幹となって作成された「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針 」も事業を行う主体を大手企業としたものであり、人的・資金的等のリソースの制約から、中小企業では実行するのは難しいのではないか」と、2021年4月拙稿の読者の方からご意見を頂いた。もっともなご意見である。

確かに、ISO56002は、経済競争の激化、持続的な成長・発展を実現するために各国のISOを主幹する国際機関を中心にまとめられた。また、「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針 」も変革の思いを持ち、行動を起こしている大企業44社が過去の事業を振り返って、イノベーションと考える事象をまとめたものである。この行動指針に記載されている.「経営者への7つの問いかけと12の推奨行動」を見ても、実行主体が大手企業寄りであると感じる。

大企業に比べ経営リソースが小さく、制約があるのが中小企業である。そのため、当然、大企業等が目指すイノベーションとは異なり、目指す方向性、内容・質共にそれ相応で良いのではと考える。

4.中小企業のイノベーションの指針となる「経営革新計画」[iv]

国が進める中小企業支援の1つである「経営革新」が中小企業のイノベーションの1つのヒントとなると考える。

「中小企業等経営強化法」では、「経営革新」を「事業者が新事業活動を行うことにより、その経営の相当程度の向上を図ること」と定義している。(中小企業等経営強化法 第2条第9項)

これにおける「新事業」とは、次の5つの取り組みである。

1)新事業とは

  ①新製品の開発又は生産
  ②新役務の開発又は提供
  ③商品の新たな生産又は販売の方式の導入
  ④役務の新たな提供の方式の導入
  ⑤技術に関する研究開発及びその成果の利用その他の新たな事業活動

これは、上記の「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針 」におけるイノベーションの定義にも通じるものがある。

一方、「経営革新計画」の基本方針において、個々の中小企業者にとって「新たな事業活動」であれば、既に他社において採用されている技術・方式を活用する場合でも原則として承認対象になるとされ、イノベーションのレベル・質・内容等は、個々の企業の経営資源や取り巻く環境要因により、それぞれ異なることを示している。

また、経営革新における「経営の相当程度の向上」とは、次の2つの指標が、事業期間の3年~5年で、相当程度向上することである。

2)経営の相当程度の向上

 ① 「付加価値額」又は「一人当たりの付加価値額」の伸び率
 ② 「給与支給総額」の伸び率
   ※付加価値額=営業利益+人件費+減価償却費
    一人当たりの付加価値額=付加価値額/従業員数
    給与支給額=役員報酬+給料+賃金+賞与+各種手当

5.中小企業におけるイノベーションにおいて「経営革新計画」を活用するメリット

経営革新計画活用のメリットとして次のことが挙げられる。

1)身の丈に合ったイノベーション(経営革新)へのチャレンジができる

企業存続のためには、環境変化への対応が必須である。さらに昨今のような急激な変化に対しては過去からの延長、過去の技術の積重ねでは不十分である。このような環境変化の中、新分野展開・新製品開発により市場開拓・開発していくには、新たな・革新的なコンセプトを創造し、サービス・価値を製品・ビジネスに融合させることが必要である。しかしながら、このようなイノベーションは、経営資源等に制約がある多くの中小企業では難しい。

それらを踏まえ、経営革新計画の「新事業」は、中小企業の身の丈に合った小さなイノベーションに積極的にチャレンジすることを推進するものである。

2)経営目標設定の意義と効果がある

経営革新計画だけではないが、経営戦略・計画を策定することにより、経営力向上に掛かる目標、計画が見える化でき、会社全体で共有化できる。また、目標達成のための努力、また、進捗管理ができ、成果を実感できる。

3)経営革新計画の承認を受けた場合、以下のようなメリットが得られる

 ①国と都道府県からのお墨付きの事業計画であり、信頼度・知名度向上等のブランディングになる
 ②低利・長期融資:政府系金融機関による低利融資制度、信用保証の特例、高度化融資制度等
 ③投資・ファンドの支援:中小企業投資育成株式会社からの投資、企業支援ファンドからの投資
 ④販路開拓支援:販路開拓コーディネート事業、新価値創造展出展等
 ⑤海外資金調達:スタンド・バイクレジット制度、クロスボーダーローン制度等
 ⑥補助金申請に有利:ものづくり補助金等での加点や補助率アップ等

6.まとめ

このコロナ禍、私の周りの中小企業でも廃業を選択する企業が加速度的に増えている。その理由の1つは、親企業・大企業による下請け再編が加速化、絞り込みが進展したことにより、これまで・過去からの延長での事業をしている中小企業は、この状況に対応できていないことによる。この厳しい環境下であるからこそ、自ら積極的なチャレンジが必須であると考える。

この積極的チャレンジ(小さなイノベーション)のきっかけとして、経営革新計画は有効と考える。


[i] 新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけの変更について 2023年2月2日 一般社団法人日本経済団体連合会 http://www.keidanren.or.jp/announce/2023/0202.html(2023.03.17確認)

[ii] 当webサイト 診断士の視点 「ISO視点の製品・サービス開発のアプローチ:従前・現在・アフターコロナ」https://www.kawasaki-shindanshi.jp/2021/04/angle-145/

[iii] 日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針 ~イノベーション・マネジメントシステムのガイダンス規格(ISO56002)を踏まえた手引書~ 令和元年 10 月4日 経済産業省 イノベーション 100 委員会 https://www.meti.go.jp/press/2019/10/20191004003/20191004003.html(2021.03.23確認)

[iv] 2022年版 経営革新計画 進め方ガイドブック 中小企業庁 技術・経営革新課(イノベーション課)2022年2月   https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kakushin/pamphlet/2022/kakushin.pdf(2023.03.23確認)

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