休業から雇用シェアへ?在籍型出向支援の活用は進むか?

中小企業診断士 ・社会保険労務士 安田 史朗

雇用維持と休業

新型コロナウイルス感染症の影響を受け、一時的に事業活動の縮小を行う企業が雇用を維持するために従業員を休業させることは、昨年大きく報道された「雇用調整助成金」やその特例の話題と合わせてよく耳にする話となりました。その上で、今年は休業している企業の従業員を、人手不足などの企業へ「在籍型出向」を活用して従業員の雇用維持を図る取り組みが注目を集めるかもしれません。

休業の長期化がもたらす弊害

コロナの影響が長期化し、2021年1月には再び緊急事態宣言が一部地域で発令されました。影響が特に大きい宿泊業や旅行業といった業種ではいまだに長期休業を余儀なくされている企業が多く、雇用を守るために、最大15,000円/日、最大で休業手当の10/10を受給できる、という雇用調整助成金の特例の延長が続いてきました。(※2021年3月時点では4月末まで延長予定)

しかし、この特例を今後も続けていくほど国の予算が潤沢にあるわけではなく、そして従業員の「働きたい」という気持ちが満たされないまま時間だけが経っていくことで「労働意欲の減退」などが新たな問題となっていました。休業が当たり前の日常となる中で、「休んでいても給与が全額支給されるならば、むしろ休む方が歓迎」と出勤をしたがらない従業員が現れてきた、と嘆く経営者や、「出勤している者と差をつけるために、休業手当の支給率を下げることにしました」という経営者の声も聞いたことがあります。

在籍型出向とは?

そこで打ち出されてきたのが、出向による従業員の「雇用シェア」を促して、人材のスキルアップとその後の業種間の人材移動をねらいとした「在籍型出向」です。通常の出向では、労働者が出向先企業と新たな雇用契約関係を結びますが、在籍型出向では、出向元企業と出向先企業との間の出向契約によって、労働者が出向元企業と出向先企業の両方と雇用契約を結ぶものです。

いずれは自社に戻ってくることを前提に、両方の企業と雇用契約を結ぶ点がポイントです。

出向や在籍型出向の事例

日本経済新聞の2020年11月20日の記事によると、

  • 全日空(ANA)や日本航空(JAL)や東横インからノジマが最大600人(販売部門やコールセンター業務)
  • チムニーやエーピーHDといった外食産業からイオングループへ100人前後(一部転籍)
  • ワタミからロピア(スーパー)への延べ400人
  • 航空/旅行/ホテルからパソナグループへの出向者を募集予定

といった形で出向や在籍型出向による人材移動が昨年すでに行われています(一部転籍)。

また新聞報道以外でも、厚生労働省が発行した「在籍型出向“基本がわかる” ハンドブック」によると、数十人規模の企業でも、

  • 観光バス会社から精密部品運送会社
  • 食料品小売から知的障害児入所施設
  • 金属材料製造業から製麺業

といった在籍型出向の事例が記載されています。

そして今回のコロナ禍での雇用シェアの特徴は、業種や業界の中での出向ではなく、異業種間での出向が目立つことです。これは、コロナウイルスの影響が特に大きい旅行や宿泊、飲食といった業種全体で影響を受けている業績不振業種の従業員を、小売業など人手不足の業界が受け入れるケースが多いからです。

助成金による後押し

在籍型出向により労働者の雇用を維持する場合に、出向元と出向先の「双方の事業主」に対して、その出向に要した賃金や経費の一部を助成する「産業雇用安定助成金」が2月5日に創設されました。

  • 出向元事業主及び出向先事業主が負担する賃金
  • 教育訓練および労務管理に関する調整経費

などの出向中に要する経費の一部を助成するだけでなく、

  • 出向に際して就業規則や出向契約書を整備するための初期費用
  • 出向元事業主が出向に際してあらかじめ行う教育訓練
  • 出向先事業主が出向者を受け入れるための機器や備品の整備

といった出向の成立に要する措置を行った場合の出向初期経費についても助成がされます。

活用のカギは「産業雇用安定センター」

しかし、果たして「雇用シェア」の活用は進み、定着していくでしょうか?産業雇用安定助成金がスタートしてもなお、今のところ「雇用シェア」に関する相談はほとんど見受けられません。

休業している従業員がいて「他業務で新しいスキルを身に着けてほしい」と考えたとして、そんなにかんたんに出向先は見つかるでしょうか?これまで「出向」をしたこともない、受け入れたこともない企業も多く、心理的なハードル含めて特に規模の小さな企業にとってはなかなか着手しづらい仕組みだと思います。

出向元企業と出向先企業とのマッチング面で大きな役割を期待されるのが「産業雇用安定センター」です。自治体等が運営する「マッチングサイト」等や、産業雇用安定センターでの「マッチング支援」などの施策が予定されています。登録する企業数や人数の充実次第が「雇用シェア」の普及のカギとなりそうです。

そして、もう1つカギを握るのが「雇用調整助成金の特例」の終了時期です。緊急事態宣言が解除された後、雇用調整助成金の特例は段階的に縮小されていきます。10/10だった最大助成率が9/10、8/10と縮小されるに従って、ようやく徐々に「雇用シェア」の活用が意識されてくるのではないでしょうか。

「雇用シェア」活用の先は?

「雇用シェア」の出口が「出向終了による元の企業への復帰」になるのか、それとも「出向先企業への完全移籍」になるのかはわかりません。出向先企業が「トライアル採用」と捉えているかどうかで出口は変わりそうです。特に体力があり、採用に意欲的な企業にとっては採用コストをかけずに労働力を確保し、育成できる「機会」と捉えて、助成金の後押しを受けながら積極的に活用を進める動きもありそうです。そのため、まずは規模の大きな企業から活用が進むのではないかと予想しています。

出向元と出向先の各事業者、そして忘れてはならない対象となる「従業員」それぞれの思惑の中で、「雇用シェア」はポスト・コロナ時代の「新しい働き方」への対応を促す取り組みになる可能性があります。今後も注目していきたい施策といえます。

出典
在籍型出向“基本がわかる” ハンドブック(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/000739527.pdf
従業員シェアで雇用維持 ノジマやイオンが受け入れ(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66803280Q0A131C2MM8000/
在籍型出向支援(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page06_00001.html
産業雇用安定助成金(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082805_00008.html

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