インドネシアへの企業進出の留意点

中小企業診断士 金子 啓達

1.はじめに

海外進出を考える日本企業にとってインドネシアは魅力的な選択肢のひとつです。私自身、現地法人の社長などインドネシア駐在が長く、親しみの持てる国だと感じています。

JETROの資料によると2019年8~11月時点で、インドネシアへの進出企業数は1,489社で、現地法人は1,401社となっています。アジア・オセアニア地域における日系企業の進出数では、中国、タイについで三番目になります。

インドネシアの魅力は、親日国で将来性に満ちた若々しい国であることです。人口は日本の約2倍の2億6千4百万人。現在でも人口ボーナス期にあり躍動に満ちています。その魅力に富んだ国への工場進出を成功させるためにも、進出に伴うさまざまなリスクを事前に洗い出しておくのがこのコラムの目的です。

2.居抜き買収

中小企業が最も迅速に海外に進出する方法として、同業種の撤退企業の土地、建物、設備、主要スタッフをまとめて引継ぎ、買収代金は一括で支払う、『居抜き買収』という方法があります。インドネシアでの居抜き買収を例にそのリスクを考えてみたいと思います。

大手総合電機メーカー、大和電気(仮称)は「アジア向け製品はコストの安いアジアで生産する」方針のもと、一部製品群をインドネシアに製造移管しました。一足早く進出した大和電気から「一日も早くインドネシアで部品供給を」と依頼を受けたのが、主要部品供給先の成型品製造業の安藤化学工業(仮称)です。安藤化学工業のインドネシア子会社が今回の主役です。

安藤化学工業が進出先を物色していたところ、労働問題などで撤退を決め、撤退コストを最小限に抑えたいと考えている同業の成型会社の話を耳にしました。渡りに船と、安藤化学工業は、土地、工場、地元採用の邦人工場長を含めた主要ローカルスタッフを含め買収代金を一括で支払う方法で即決しました。同社は、買収総額250万ドルを支払いました。買収総額のほとんどが土地の価格です。

しかし、高額な土地建物取引税を節約するため実際取引価格のうち土地建物価格を150万ドルに大幅減額。25年使用した償却済射出成型機40台を100万ドルとして過大に見積もり、設立登記を完了しました。成型機の償却は8年としました。

安藤化学工業は山梨県(仮)の中堅中小企業です。従業員のほとんどは近隣の高等学校から採用しています。県内に本社工場を含め3つの工場を持っています。中でも最大規模の大月工場(仮)は大和電気への部品供給を一手に担っていました。インドネシア工場設立後は、マザー工場として若手2名をインドネシアに派遣しています。

安藤化学工業のインドネシア工場は初年度から早期かつ割安な工場立上げが功を奏し、好調なスタートをきりました。初年度は、大和電気の信用を勝ち取るため、設備の立ち上げに応じ出荷数も抑え気味にスタート。2年目から本格稼働となりました。

3.射出成型機の不具合

しかし、好事魔多し。設立2年目から3年目にかけて厳しい試練に見舞われました。製造ラインがフル稼働を始めた2年目から不具合が始まりました。大和電気は当然ながら安藤化学工業に、日本の親会社と同品質の製品を要求しますが、製品は要求寸法にわずかに一致せず、大量の不良品が発生しました。

社内の品質改善会議では、成型機の機種が本社工場と違うこと、使用成型機はすでに老朽化し、製品が設定した規格通りにできないことが指摘されました。また交換部品の一部はすでに廃盤になっており、取り換え不可能と分かりました。

修繕費はますますかさみ、結果的に8年かけて入替予定の成型機は、本社が利用しているメーカー機種とし、前倒して購入するしか方法がありませんでした。成型機は付属機械を加えると1台2千万円。大幅な除却損を出すことになりました。

4.ものづくり文化の違い

目論見違いはものづくりにもありました。継続採用した幹部は、50歳のインドネシア人を妻に持つ日本人工場長とローカルマネージャー4名です。その他はすべて工場近隣からオートバイで通勤する高卒のインドネシア人です。

当初、成型作業については段取りの小幅変更で十分と考えていました。しかし、成型機の条件設定入力の不具合が多発しました。成型機にも個性があり、1000分の1ミリ単位での精度で日本品質を実現するためには、成型機の癖を知り、入力値を微妙に変更しなければなりません。試行錯誤は延々と続きました。

検査工程でも問題が生じました。NG品を含む廃棄品は親会社のほぼ100倍に上りました。現地の従業員は、既に何年も前にISOを取得している同じ成型会社が、なぜこれほどのNG品を出すのか分かりません。

複数の不良品が大和電気で発見されて半年。改善の見込みがつかないことを確認した、大和電気インドネシア現地法人(以下、現法)は親会社と合同で、安藤化学工業インドネシア現法に対する異例の長期特別監査に踏み切りました。

5.供給先品質保証部による長期間監査

以下が3週間続いた長期監査の主な指摘事項と、その後まとめた安藤化学工業インドネシア現法の改善点です。

6.邦人社員の限界

本社から派遣された人材には限界がありました。安藤化学工業にとってインドネシア現法は海外拠点では米国ジョージア州、バンコクに次いで3工場目。米国拠点で社長を務めた取締役が横滑りで現法社長につきました。買収した会社が同業で20年余りも操業実績があり、工場長を継続採用したことで安心感がありました。日本から送られた社員は、入社後3年目でインドネシア語、英語ともに会話ができませんでした。一方、現地社長は米国での経験から英語は流暢でした。しかし、現地側で英語が通じるのは大卒のマネージャーに限られています。その他の社員はインドネシア語しか通じません。大和電気の監査報告はコミュニケーションの不足を指摘しています。

現法工場のほとんどの職員は検査工程の作業員です。200名の作業員の内150名は検査要員です。安藤化学工業の本社ではIT化が進み、一時検査は、カメラによって行われ無人化が進んでいました。しかし、カメラ検査機は1台5百万円余りもするため、現法では当初一時検査、最終検査共に手作業で行われました。供給先の要求水準が高まる中、必要な検査の精度も上がります。現法では手作業による厳密な検査を150名の検査員に指導しなければなりません。

コミュニケーションと手作業による検査、これが不良品流出の最大の原因と指摘されました。

7.おわりに

結局、日本と同レベルの品質を実現し、年次決算が黒字になるまで5年がかりとなり、更地に工場を新設する場合と同程度以上の時間と費用がかかってしまいました。

このようにインドネシア進出にはメリットもありますが、予期せぬリスクも多く含んでいます。事前に専門家のアドバイスを参考にリスクを最小限にとどめることが重要です。 さて安藤化学工業のインドネシア工場は創業から10周年を迎え、コロナ下にもかかわらず、本社の最終利益を上回る業績を達成しました。創業当初から、本社から継承した屋外での朝のラジオ体操は、社員にも評判で、工業団地で今も唯一ラジオ体操が続いています。

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