中小企業こそ取り組みたいDXの考え方と進め方
- 2026/11/1
- 診断士の視点

中小企業診断士・ITストラテジスト 浅野 智晴
はじめに
「DXは自社にも必要なのか」「ITに詳しい社員がいないので、何から始めればよいか分からない」。本稿では、中小企業の経営者の皆様に向けて、DXの意味と背景、中小企業こそ取り組む理由、具体的な進め方を説明します。
1. DXが注目されるようになった背景
DXの考え方は、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱したものとして紹介されています。出発点は、デジタル技術によって人々の暮らしをより良く変えるという考え方でした。[1]
日本で注目を集める契機となったのが、経済産業省が2018年9月に公表した「DXレポート」です。古く複雑になったシステムが変革を妨げ、対応が進まなければ2025年以降に大きな経済損失が生じるおそれを、「2025年の崖」として警告しました。これは将来のリスクを示したものです。[2]
同年12月には「DX推進ガイドライン」が公表され、その後、指針や認定制度の整備が進みました。2018年を一つの転機として、DXが経営の言葉として広がってきたと捉えられます。[3]
2. DXとはどのような取り組みか
DXは「デジタルトランスフォーメーション」の略です。経済産業省の定義を要約すると、激しい環境変化に対応するため、顧客や社会のニーズを起点にデータとデジタル技術を使い、商品・サービスや事業の仕組みとともに、業務・組織・企業文化も変え、競争上の優位性を築くことです。この定義は「デジタルガバナンス・コード3.0」にも示されています。[4]
データには、日々の注文履歴や在庫数、問い合わせ内容も含まれます。まずは、普段の仕事で扱う情報に目を向けてみましょう。
例えば、FAXの注文を受注台帳に転記している卸売業を想定します。以下は仮想例です。注文書を電子ファイルにすれば保管や検索がしやすくなり、インターネットの注文画面から台帳へ直接取り込めれば、転記の手間やミスを減らすことが期待できます。
さらに、注文履歴を基に、商品が必要になる時期に補充を提案すれば、顧客の発注忘れを防ぐことにもつながります。営業と在庫担当が協力し、継続的なサービスに育てることで、注文を待つ会社から顧客の調達を支える会社へと事業のあり方が変わります。
電子化や作業の効率化は、この変革に向けた大切な一歩です。その先で、空いた時間や蓄積した情報をどう使い、顧客にどんな価値を届けるのかまで考えることで、DXの方向性が見えてきます。
3. なぜ中小企業こそDXが必要なのか
中小企業の経営では、限られた人数と時間をどこに振り向けるかが重要です。人手が足りないときに、採用だけで対応しようとしても、すぐに必要な人材を確保できるとは限りません。今いる社員が、より価値のある仕事に時間を使える仕組みを整える必要があります。
例えば、同じ内容を何度も入力する作業や、書類を探す時間を減らせれば、その分を顧客への提案や若手社員の育成に使えます。また、ベテラン社員だけが把握している顧客情報や仕事の手順を共有できれば、担当者が不在でも対応しやすくなります。こうした改善は、日々の負担軽減に加え、事業を安定して続けるための基盤になります。
顧客との関係にも目を向ける必要があります。例えば、同じ商品を扱う会社でも、問い合わせにすぐ回答でき、過去の注文を踏まえた提案をしてくれる会社は、顧客にとって相談しやすい存在になり得ます。自社が大切にしてきた丁寧な対応や専門知識を、デジタルの力でより多くの顧客に届けることも、DXの目指す方向です。 中小企業には、経営者と現場、顧客との近さを生かせる場面があります。困りごとを把握して素早く判断し、対象を絞って試す。人材や資金に制約があるからこそ、この強みを生かし、優先順位を付けて取り組むことが大切です。
4. 国も指針や制度でDXを後押ししている
日本では、経済産業省を中心に国がDXの普及に向けた政策や制度づくりを主導しています。変革を担う各企業に道筋を示し、取り組みを後押ししています。[5]
その基本となる「デジタルガバナンス・コード」は、経営者に求められる対応をまとめた指針です。2020年11月に策定され、2024年9月には「3.0」へ改訂されました。経営の将来像や戦略、人材の育成、成果の確認などを整理する際に役立ちます。[4]
2020年11月に始まった「DX認定制度」は、経営ビジョンや戦略など、DXに取り組む準備が整った事業者を国が認定する制度です。既に大きな成果を出した企業だけを対象とするものではなく、中小企業も目指せます。[6]
2022年からの「DXセレクション」は、中堅・中小企業等の優れた取り組みを選び、事例を共有するものです。自社に近い企業が何を変えたかを知る参考になります。[7]
5. 進め方① 経営者が目指す姿を決める
最初に考えるのは、「自社をどのような会社にしたいか」です。「顧客の問い合わせに当日中に回答できる会社にしたい」「担当者が変わっても同じ品質で対応したい」など、社員にも伝わる言葉で表します。そのうえで、現在の仕事のどこが妨げになっているかを現場と一緒に確認します。
困りごとがいくつも出たら、顧客や経営への影響が大きく、効果を確かめやすいものから選びます。先ほどの受注業務なら、「転記にかかる時間を減らし、その時間を既存顧客への提案に使う」といった目的が考えられます。経営者が目的を共有し、担当者と予算、取り組む時間を決めることで、実行に移しやすくなります。
6. 進め方② 一つの業務から小さく試す
最初から会社全体の仕組みを入れ替える必要はありません。一つの部署や一部の取引先に対象を絞り、期間を決めて試してみましょう。新しく専用のシステムを作る前に、現在使っているソフトでできることや、インターネット経由で利用する既存のサービスを確認する方法もあります。
選ぶ際は、機能の多さに加え、実際に使う社員や取引先が無理なく操作できるかを確かめます。利用料のほか、設定や操作を覚える時間も含めて負担を考えましょう。顧客情報を扱う場合には、誰が閲覧できるか、誤って消したときに戻せるかといった基本的な管理方法も確認します。 試す前に、現在の作業時間や訂正件数を記録しておくと、導入後の変化を比べられます。顧客への回答を速くすることが目的なら、回答にかかった時間も計ります。結果を見て、続けるか、やり方を直すか、対象を広げるかを判断します。
7. 進め方③ 人と仕事の仕組みを整えて広げる
仕組みを導入した後も、現場との対話が欠かせません。「入力項目が多い」「急な注文変更に対応できない」といった声を聞き、使いにくい部分を直します。新旧のやり方をいつまでも併用すると、かえって負担が増えることもあります。紙と画面への二重入力を続けているなら、何を確認できれば一本化できるのかまで話し合います。
経営者には、改善に取り組む時間を確保し、部署をまたぐ調整や従来の手順を変える判断を担う役割があります。社員が不便や失敗を伝えやすくし、試して分かったことを次の改善に生かせる職場づくりも重要です。 ITに詳しい社員がいない場合は、業務をよく知る社員を推進役とし、必要な知識を少しずつ学んでもらう方法があります。技術面は外部の専門家の力を借りながら、自社で目的と優先順位を判断できるようにします。成果が確認できたら、関連する部署にも広げ、蓄積した情報を新たな提案やサービスに使えないか検討しましょう。
8. 経営者と現場の対話が第一歩
経営者の役割は、自社が目指す姿を示し、変化に取り組む社員を支えることです。まずは現場と、「何に時間がかかっているか」「その時間を減らせたら、顧客のために何をしたいか」を話してみてください。小さな実践を通じて仕事を見直し、自社の強みを顧客への価値につなげる。その積み重ねが、中小企業のDXを前に進めます。
出典・参考資料
[3]経済産業省「DXレポート2」第6章 DXレポートでの指摘とその後の政策展開
[4]経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」(2024年9月)












